知性と、見る目は、別物らしい
ヤフコメを読んだ。
価格戦略を語る人がいた。
大企業あるあると言う人がいた。
NIH症候群を解説する人がいた。
実際に使ってたと語る人がいた。
全員真面目だ。
全員知性がある。
ジョブズがマイクロソフトを羨ましいと思っていたかどうか。
誰も触れなかった。
記事が設定した問いの中で、真剣に答えていた。
是非はなく、ただ、そうだった。
知性と、見る目は、別物らしい。
私も含めて、どこかにある話かも(笑)
知性と、見る目は、別物らしい
ヤフコメを読んだ。
価格戦略を語る人がいた。
大企業あるあると言う人がいた。
NIH症候群を解説する人がいた。
実際に使ってたと語る人がいた。
全員真面目だ。
全員知性がある。
ジョブズがマイクロソフトを羨ましいと思っていたかどうか。
誰も触れなかった。
記事が設定した問いの中で、真剣に答えていた。
是非はなく、ただ、そうだった。
知性と、見る目は、別物らしい。
私も含めて、どこかにある話かも(笑)
ジョブズの名前を使う、手抜き記事

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【ボクシング】メイウェザーがパッキャオと9・19ラスベガスで再戦と発表 11年ぶり対決
この記事タイトルを見たときに思ったことだ。
お!きたな!
マジでやりあう、
経済活動。
是非は特にない。
ただ、そうだということ。
なぜ占いが当たらないのか?

最近直近の私のテーマ。
帰納と演繹。
難しい言葉だ。
学生の頃、私も形而上という言葉を一見しても二見してもピンとこなかった。
おそらく、知らないひとにとっても同じ語感だと思う。
帰納というのは、体験して学ぶ、ということ。
演繹というのは、先生や教科書から学ぶ、ということ。
ふたつに優劣はない。
ただ、この世界では、おそらく圧倒的に演繹指向が多い。
そう感じる。
頭がよい人の多くは成績優秀。
つまりよい先生良い参考書テキストから学んだ人たち。
習得が短時間で済むのがメリット。
勉強できるけど、スムーズな人生じゃない人もこの領域に含まれる。
もちろん、そうじゃない人もいる。
一方、勉強する方面からでなく、
体験から知見、方向性、整合性を得ることができたひとたち。
これには優しくない時間の中での体験、苦闘、苦悩が襲ってくる。
それを付加にして、勝ち得た独自の哲学、体系。
デメリットは苦痛と時間の長大さ。
そうじゃない人がいれば、めずらしい。
さて。
占いが当たらないのはなぜか?
結論から言う。
演繹思考者が多いからだ。
帰納的体験者が少ないからだ。
要は、フラットにうけとれない差。
この差は、次元差となって存在する。
この一見
この一考、
些細である違いの中には、複数のレイヤーにまたがる、
実相
仮想
つまり
現実(リアル)
非現実(バーチャル)
が多層にわたって縦横無尽に横断しているからだ。
この視座は私の体験から保証しよう。確信して言える。
占いが当たらないのは、
それを真なるものと定義した時点で崩壊する。
崩れ落ちる
それを横に置いておき、頭には入れておきながら。
この場合、持続して、未来の時間軸まで継続することになる。
これは、有料級のネタ記事です(笑)
分かるひとにはわかるのではないでしょうか。
占いが当たらないのは依存してしまうから。
それだけです。
だれに占ってもらおうが、それは真実と理解できるなら、とても深い妖精の方と同じだと思います。