ライネライト ~ 光の道を追いかけて -19ページ目

ライネライト ~ 光の道を追いかけて

兵庫県芦屋市でライネライトを主催して活動しています。どうぞよろしくお願いいたします。

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
あなたを笑顔からまもります・・続き
 
 
昨日リーディングした石のメッセージ。
 
「あなたを笑顔からまもります」
 
この不思議な文章が、今日も気になっていた。
 
 
 
そこで石に聞いてみた。
 
(笑顔からまもります、ってどういうこと?)
 
 
 
すると・・
 
どうやら、
 
「まずはじめにご本人の笑顔からまもります」
 
ということだそうな。
 
購入された方は、笑顔が多い方なのかもしれない。
 
そう思って、この件は終わりにしました。
 
 

 

 

 

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芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
あなたを笑顔からまもります
 
 
今月はよくやっている。
 
旅立つ石にリーディングメッセージを付けてお客様へ送る。
 
ワンポイントメッセージだ。
 
すべてのリーディングは真剣に行っている。
 
実のところ、このことは頼まれていない。
 
 
 
自己プロテクションして、エネルギーを整えて、部屋も整えて、それから行う。
 
あ、そのあと自己活性して、ベストな状態にあげる。
 
なれていても少し時間がかかる。
 
でも少しだけ早く準備ができるようになった。
 
 
 
今日の石のメッセージ。
 
「あなたを守ります
 
あなたを笑顔からまもります」
 
だって。
 
なんじゃ、こりゃ、みたいな(笑)
 
 
 
気持ちよくない不敵な笑顔でもあるのか。
 
とってつけたような愛想笑いの笑顔か。
 
本当ではない、偽りの笑顔か。
 
そんなものがあるのか。。
 
 
 
メッセージには私の意図は入っていない。
 
入っていないつもり。
 
だから、そのまま送る。
 
訳が分からなくても、当人にはわかるだろう。
 
 
 
メッセージとは、そんなものであったりする。
 
よくわからなければ、スルーされるだろう。
 
別にそれでも構わない。
 
しかし、少し感じてもらって味わってもらいたい。
 
そう思っている。
 
 
 
あー、それにしても今日の石は値引き前からお値打ちだったなー。
 
目利きの方は鋭い(笑)
 
 

 

 

 

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芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
見返りを求めること
 
 
ひとに親切をする。
 
親切をしてあげるという想いをもつとき、ふたつに分類できる。
 
 
 
ひとつは、見返りを求めること。
 
見返りを期待することもこれに当たる。
 
もうひとつは、見返りを求めないこと。
 
一切見返りを期待をしない。
 
こんなひとは稀有だ。
 
 
 
見返りを求めないひとでも、はじめはそう思っていたり、自分では求めていないつもりでいたりする場合がある。
 
意識の下では、何かしら期待している。
 
 
 
エネルギーの観点から見ると、見返りを求めるの至極当たり前のことになる。
 
プラスがあるとマイナスが必要。
 
プラスマイナスゼロの状態が均衡が取れた、ニュートラルな状態。
 
 
 
それでは、先ほど見返りを一切求めないひとに関して、エネルギーバランスはどうだろう。
 
出すだけだと、受け取りが必要になる。
 
出すだけのように一見見えるが、そうではない。
 
凡人とは考え方が違うのだ。
 
 
 
彼らは意識していようがいまいか、実はバランスがとれているのだ。
 
ひとに奉仕できるよろこび。
 
それを受け取っているからだ。
 
当の本人から受け取ってはいないが、別のところから受け取っているのだ。
 
神からの恩寵を受け取ることができるひとたち。
 
 
 
なにかをひとにしてあげるとき、
 
「してやった!」
 
という想いがほとんどの人にはある。
 
お互いの認識の差異がなければ、見返りの問題は多くないだろう。
 
意識を超越していなければ、その結果の行為に対してなんらかの処置が必要になる。
 
 
 
既に自分は受け取っている。
 
そんな自覚があれば、きっと誰も見返りを求めなくなるだろう。
 
そんな意識を持った人が身近にいるひとは幸せだ。
 
見返りに対する、別の考え方を知っておくことも大切なのだ。
 
 
 
 

 

 

 

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芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
エネルギーの陰陽
 
 
ずいぶん前までエネルギーの強さに惹かれていた。
 
圧倒的に強いエネルギーが好き、ということだ。
 
強いエネルギーが一番よい、と思っていた。
 
深い思慮はなく、単純にそう信じていた。
 
 
 
エネルギーの強弱の見方にはいくつかの視点がある。
 
私なりに思うこと。
 
ひとつはパワー。
 
強いエネルギーにはパワーがある。
 
強大な力を持っている。
 
 
 
また、ひとつは精細さ。
 
一見、強さと精細さは相反するように思うかもしれない。
 
だが、体験的に精細さがパワーを持つことがあることを知っている。
 
そして、精細さの方が、ある本当の意味では、強さがあると感じるようになった。
 
 
 
ただ単に馬力があるひと。
 
それとは逆に、見た目強そうに見えないがパワーがあるひと。
 
この表現を理解していただけるだろうか。
 
例えるなら、岩石と砂。
 
これをイメージしてもらうと分かりやすい。
 
荒い粒と細かい粒。
 
このようにも言える。
 
 
 
また別の視点もある。
 
発するエネルギー。
 
引き込むエネルギー。
 
外側に向かっていくエネルギー、内側に向かっていくエネルギーがあるということ。
 
このふたつを理解するとき、エネルギーの本質に近づける。
 
 
 
パワースポットが好きな人たちがいる。
 
そこではエネルギーがたくさん放出されている。
 
同じ見方をするとき、パワースポットの逆も存在する。
 
エネルギーが吸い込まれるところ。
 
ひとはあまり好まないだろうが、浄化にはよいだろう。
 
 
 
話を元に戻す。
 
エネルギーが強いということを理解してきたとき。
 
ただシンプルに、私は発するエネルギーの方ばかりを気にしていた。
 
手に感じる、手に対して圧がある、反発があるエネルギー。
 
それを強いと理解していた。
 
これは間違いではないが全部ではなかった。
 
 
 
引き込むエネルギーを手で感じてみるとき。
 
私の観点では強いとは思っていなかったのだった。
 
反発がある、反発が強い、強烈に押し返してくるような圧を感じるエネルギー。
 
それが強いエネルギーと思っていたからだ。
 
私には、引き込むエネルギーを感じてみる、という視点がなかった。
 
 
 
引き込むエネルギーの強弱を感じてみる。
 
その見方がなかったのだが、最近知った。
 
見えない第六感的エネルギーを感じる場合、このポイントは重要だと少し知った。
 
まだ知ったばかりなのであまり経験が多くない。
 
ずっと意識していなかったので、まだほとんど慣れていない。
 
 
 
しかし、引き込むエネルギーを理解して、これを活用できそうなことを知る。
 
エネルギの陰陽を考えるとき、このような視点もあるんだなと。
 
そこに至るまでの、稚拙だが、自分自身の経験を書いてみた。
 
 
 
新しい個人セッションのメニューで使うエネルギーは、このことが大きく関わってる。
 
ふたつのエネルギーを理解して、活かすことによって、更なる活性化をおこなえる。
 
私の大きな人生のテーマ。
 
活性化。
 
自分をエンパワーする。
 
ひともエンパワーする。
 
エンパワーメントによって、ひとの内面は向上する。
 
そのカギが、このエネルギーの陰陽の見方に関わっている。
 
 
 
 

 

 

 

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芦屋の癒し人

 

こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
 
 
人生の見方
 
 
自分の死が迫っているとき、
 
「明日からどのように生きたいか?」
 
という問いに、あなたは何と答えるだろうか?
 
 
 
明日、死ぬことが分かっていても、
 
「今日もいつも通りの生活をする」
 
という答えをする人がいる。
 
皆様は、この意味を考えたことがあるでしょうか?
 
 
 
今の人生は、その肉体を持って生きることができるのは1回だけだ。
 
生まれ変わり、輪廻転生を信じているひとであっても、それは変わらない。
 
 
 
だが、生まれ変わりの仕組みがある。
 
真の自分が不滅である。
 
と考えるとき、いったいどのように理解できるのか。
 
 
 
真の自分、真我。
 
真我が永続すると考えるとき、肉体を持った、ひとつのある人生は、単なる一過程に過ぎないと理解できるだろう。
 
長く続く存在し続ける道を、ひとつの帯と考えると、ひとつの人生は一部分にすぎないことが分かるだろう。
 
 
 
肉体の死とは、その中でのひとつの中断される一点にすぎない。
 
また、別の肉体を持った時、その中断点から人生が再開される。
 
 
 
このように考えるとき、はじめに挙げた問いの意味を、なんとなく理解できるのではないか。
 
単にいったん休止。
 
それが死の意味だと考えると、死を恐れない。
 
明日もふだん通り生きる。
 
いつもと変わらずに生きる、とはそういうことだ。
 
 
 
この仕組みを理解したうえで、向上を目指すひとは、どんな姿勢で生きるとよいのか。
 
それは、日々ベストを尽くして生きること。
 
今日できることを明日に延ばさず、完結させる。
 
また、できるだけ、日々を懸命に生きる。
 
 
 
だからと言って、力む必要はない。
 
懸命というのはがむしゃらということだけを指すのではない。
 
個人個人が自分自身の歩調で道を進める。
 
長い道のり、そんなに急がなくてもよい。
 
急ぐ時もあり、ゆっくりするときもある。
 
 
 
みずからを緩めた状態の中で、最善の力が発揮できるような、内面の状態で生きていく。
 
そう考えると、不要な緊張を受けることなく、帯の上を歩んでいけるだろう。
 
 
 
 
 

 

 

 

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芦屋の癒し人