ロバートキヨサキの金持ち父さんの本に書いてあったことを時々思い出す。
ロビンフッドについて触れていた箇所。
それを想うとき、私は石川五右衛門を連想する。
石川五右衛門は悪いお金持ちからお金を盗み、それを貧しいひとたちに分け与える。
私のそれくらいのことしか理解していない。
彼の行いは、お金を配られたひとたちにとって、よいことだったのだろうか。
お金をもらった人たちは、一時的におかねが少し増えて、モノが満たされる。
心もいくらか満たされる。
しかし、彼の行いによって、それを受け取った人たちはよい変化をするだろうか。
あるひとは、思う。
「またお金をくれるかな」
「もっと大金が欲しい」
人間は高尚でない場合が多いので、こういうふうになることは、残念ながら自然かもしれない。
ただ、
「お金を配る」
という行い。
それなら、ずっと永遠にもらい続けるのか。
ずっと施しを受け続けたいのか。
自分は何もせず、楽をしたいのか。
ここに問題がある。
金持ち父さんは施しを受けて、お金をたくさん得たのではない。
「自分でできることは自分でする」
ということ。
それは、
「自分が必要なエネルギーを自分で持てるようにする」
ということと同じ。
お金もエネルギーも同じ。
お金が欲しいひとは、単に物質的な金属や紙が欲しいわけではない。
パワーが欲しいのだ。
それが欲しければ、それの獲得のしかたを知ることが必要。
まっとうなエネルギーは美しい。
邪悪な方法で得たエネルギーは醜い。
このことも重要な部分。
ただシンプルに良心に従って、自分で学ぶこと。
それが大切だ、と思います。
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