今朝は晴れ。
昨日まで雨でスッキリしない天気でした。
雨や曇りの日があることによって、太陽のありがたさを実感します。
見えないものがほとんど
世の中に存在するものは、ほとんど目に見えないものだ。
「氷山の一角」
という言葉があるが、事実そのとおり。
その言葉の存在自体、意味がないくらい、ほとんど見えていないのが現実だ。
物質主義に偏っている人間は、
「目に見えないものを信じない」
とする人が多い。
しかし実のところ、世の中には見えないものがほとんどなのだ。
人の気持ちや感情、においや音といったごく身近なものでさえ見えない。
物質と非物質的なものを並べるとき、物質は非物質を丸ごと含んでいると考えることができる。
言い替えると、
「目に見えるものは目に見えないものに含まれている」
ということ。
見えないものを感知しようとする時、
その周辺にあるもの、
又はその結果起こったこと、
または見えない感覚を研ぎ澄ませて感じようとすること
などが対処する方法だ。
「ない」ものを否定するのは難しい。
しかし、ないものをあると仮定して考える、スムーズに理解できる場合が多い。
頑なに否定するよりも、
「そうなのかも知れない」
として見るとき、新たなものの見方ができる。
見えるものだけを信じているひとたち。
見えないものを見ようとしていないだけ。
自分の考えが凝り固まっていたり、見えないものを見ないようにしたり、関心を持たないようにする。
それも別に構わない、人に迷惑をかけなければ。
見えないものに関心を持たない人は、物質は現実に起きることに執着している。
私はそう思っている。
そのひとの現実はその人の思考が作っている。
どう考えようと、そのひと個人の自由。
なのだが、私は最近特にそう思う。
氷山の一角という言葉をあらためて出す以前に、すでに世の中は全てがそうなのではないかと。
すべてほとんど見えていないということだ。
それを見ようとする方法を探したり試したりする。
それが私の人生のひとつのテーマ。
それを知ることによって、より広い視野で物事を眺めることができるようになる。
でもまた逆にこうも思う。
全部見えてしまったら、きっとつまらないのだろうな、とも。
見えないものがたくさんあるということは、好奇心もたくさん起きやすいということで、きっと必要なことなのだろう。
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