こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
借りもの
私は天然石の販売をしている。
石を手に入れた時、
「これは自分のもの!」
と思うことがある。
おそらく石好きのひとなら、この気持ちを持ったことがあるだろう。
しかし、それは違う。
石は自分のものではない。
そのひとが生きている間は、そのひとの手もとにある。
それは言わば借り物で、生きている間だけ所有した気持ちになっているだけ。
このことは、ひとの体についても同じことが言える。
自分の体は、生きている間の借りものだ。
生きている間は有機的に、物質的に構成されている。
しかし、期間が終了すれば元の地球の元素に戻る。
借りもの見かけが美しいと、ひとから称賛される。
借り物の能力が高いと、ひとから尊敬される。
しかし、それは所詮借りものをほめられているに過ぎない。
見かけが美しかったり、
運動能力が優れていたり、
頭脳の働きが優れていたり、
しかし、それは借り物の性能がよいだけ。
借り物の中にある存在とは全く別。
見かけが美しいからと言ってそれを鼻にかけたり、
走るのが速いからと言って偉ぶったり、
頭がよいからと言ってひとを見くだしたり、
そうすることがある場合、それは勘違いしているのと同じこと。
借り物の体と中身の存在を混同して、ときにひとは傲慢になる。
だからと言って体を軽んじている訳ではない。
その体を最大限に活用することが、その人間に与えられた目標のひとつ。
自分の体を限界近くまで活かすことによって、自分自身を顕現する。
それが、そのひと本来の生き方。
大したことがないように見えても、
借り物のからだを頑張って使っているひとの姿は美しい。
借り物の体と、中にある体が共鳴している状態。
理性でなく、感動するとき、それを感じる。
借り物と中身を見誤ってはいけないと思います。
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