こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
昨日は部屋の温度が32度まで上がった!
びっくりだ!
私の仕事部屋が西向きなのもあって、夕方の西日がキツイ。
温度が上昇する環境にあるのだ。
でも、まだ蚊が出てきていないので助かる。
一昨日から庭の草むしりをしている。
地道にスコップで掘って根元から取る。
蚊が出てくると、石の動画を撮るときタイヘンなのです。
伝承されてきた叡知
見えない世界のことを、
難しく言うと、
形而上学と呼ぶときがあります。
形而上学。
いかにもピンと来ない字面です。
見えない世界のことを考えるとき、
例えば、「音」について考えてみます。
音は五感なので、物理的な感覚で理解できます。
でも、それは見えません。
感じることができても見えない。
それも見えない世界のひとつです。
その見えない「音」を別の方法で理解できるようにするには、どのようにするとよいでしょうか?
皆さまは考えたことがあるでしょうか?
そのようなヒマなことを考える人は、おそらく少ないでしょう。
例えば、「音」を
「色」で表現したり、
「文字」で表現したり、
「声」で表現したり、
「におい」で表現したり、
「味」で表現したりなどなど
そうすると、音を違う形で感じることができるでしょう。
しかし、その別の形で表現されたものは、もとの音と全く同一であるとは言えないと思います。
「伝承されてきた叡知」についても同じことが言えます。
伝える人によって、
内容が異なったり、
一部内容を伝え忘れたり、
間違えて伝えたり、
あるいは、
意図的に伝えなかったりなどなど。
そういう繰り返しによって、
もともとあった叡知の情報量が違ってきたり、少なくなったりしてしまいます。
もともとあった内容が
正しいまま伝わってきたもの、
間違って伝わってきたもの、
など様々あるということです。
それを正しかったもの、
もともとあったものに近い内容のもの、
間違えているであろう内容を修正を試みたもの、
そういうことを行っているのが、形而上学と言えます。
私たちが何かしら日常生活で
「おや?」
「ちょっと違うんじゃないか?」
などと感じるとき、
それは、同じような現象と言えると思います。
現実生活に、現実社会において、
ひとが違和感を持つとき。
その目線を精神的な方向へ向けることがよくあると感じます。
それは、そのひとのひとつの
「はじまりのかたち」
だと思います。
たまには、そういうものを学ぶこともよい機会ではないでしょうか。
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