ソーラー発電システムを組んでみる(その1)
平日はずっと良い天気だったのに、
土曜日になったら狙ったように冷たい雨…
おまけに午後からは夫婦揃って体調不調に…
もしや、新型ナントカでは…?とも思われたのだけれど、
一晩ぐっすり寝たところ、とりあえず私の方の熱は、ほぼ収まってくれた。
一転して今日は快晴。12月とも思えない暖かさ。
病み上がりのリハビリには最適の日、ということで、
先月、ひょんなことから手に入れたソーラーパネルの活用に向けて
作業を進めることにした。
・ ・ ・
ソーラーパネルで発電した電気は、
とりあえずバッテリーに貯めておかなければならない。
どんな種類のバッテリーが適しているのかは良くわからないけれど、
とりあえず、車用の普通のバッテリーを流用してみることにした。
調べたところ、ソーラーパネルを直接バッテリーに繋ぐわけには行かないらしい。
バッテリーへの過充電が起こったり、
夜間、ソーラーパネルがお休みの時に、
バッテリーからソーラーパネルへ逆流が起こったりするそうだ。
それらの問題を解決するには、
「チャージコントローラ」なるものを介して双方を接続しなければならないとのこと。
…ということで、手に入れた製品がこれ↓
容量的には最小の部類だったけれど、50Wのソーラーパネル一枚で遊ぶには十分。
ソーラーパネル ⇔ チャージコントローラ ⇔ バッテリー
と繋げば、「バッテリーを充電するシステム」は構築出来るはず。
・ ・ ・
バッテリーに貯めた電気は、取り出して使わなければ意味が無い。
とは言え、家庭で12Vで使える電気製品なんて、滅多に無い。
そこで12V→100Vに変換するインバータが必要。
しかし、容量が大きなものや、きちんと正弦波形で出力するものは、非常に高い。
そこで、まずはオートバックスで売っていた安物で試してみることに。
車や船でずっと使っていたもので、半年前に現役を引退させていた物。
容量も小さいし、当然ながら矩形波出力。
・ ・ ・
さて、この電力を何に利用しようか…と思案したのだけど、
インバータもチャッちいし、とりあえず無難なところから、と言うことで、
嫁さんが屋外に設置したクリスマスツリーの、イルミネーション用に使ってみることにした。
暗くなったらスイッチが自動的に入るセンサー↓
バッテリー ⇔ センサー ⇔ インバータ ⇔ クリスマスツリー
という順に接続しておけば、
・暗くなったらスイッチが入ってインバータが稼働し、クリスマスツリーが点灯
・明るくなったらスイッチが切れて、ソーラーパネルからの充電が始まる
というサイクルが回せるはず・・・なのだが。
・ ・ ・
主な部品は揃ったけれど、まだ若干の小物が必要。
今日はまだ体がしんどいので、この辺でオシマイ。
海の駅紀行 その7 「みえ・かわげ海の駅」
2008年5月3日
前日の悪天候は足早に回復し、私たちは西への旅を再開した。
そろそろGWも終わりが近づいていた。
嫁さんは仕事で東京に戻らなければならない。
何とか、鳥羽までは連れて行きたかったので、
その日は「みえ・かわげ海の駅」まで進むことにした。
お世話になったスズキマリーナ三河三津を発ち、
寄り道を繰り返しながら、三河湾から伊勢湾へと走った。
まさに絶好なクルージング日和だった。
何の支障も無く、昼頃に「みえ・かわげ海の駅」(マリーナ河芸)に到着した。
ビジター桟橋には、係留や燃料補給であれこれと丁寧に指示してくださる方が居た。
後で知ったのだが、その方が「海の駅ネットワーク」の理事、服部さんだった。
ビジターバースは、我々が着いた時はまだ閑散としていたが、
その後次々と到着する船で、みるみる埋まっていった。
電話で係留の可否を問い合わせた際、
17ftの小型艇であることを伝えるまでは、ちょっと難しそうな反応だったのだが、
やはりここは人気が高い場所のようだった。
確かにここは、独特な開放感に溢れ、
三河三津のマリーナと同様に、どこか日本離れした雰囲気を漂わせていた。
はつらつとしたスタッフの対応も、印象的だった。
唯一心配していた宿は、マリーナに隣接した「岐阜マリンスポーツセンター」に確保出来た。
船から徒歩1分の場所に、格安で整った宿泊施設が有り、非常に助かった。
↓左が「マリーナ河芸」、右が宿泊先の「岐阜マリンスポーツセンター」
↓宿泊先の屋上から見たマリーナ
宿泊先で自転車を借り、嫁さんと二人で夕食を兼ねたサイクリングに出かけた。
無理して積んできた自転車は、すでにその威力を発揮していたが、
一台だけでは、こうして二人で出かけることは出来ない。
今度遠征するときは、是非二台にしようと思った。
翌朝、服部さんがセンターに顔を見せた。
これから鳥羽へ向かうことを伝えると、鳥羽の情報を色々と教えてくださった。
教えていただいた情報の一つに、「おいしい魚を食べさせる店」が有った。
無事、鳥羽に着いた私たちは、
その店で、翌日帰京する嫁さんの労をねぎらったのだった。
遊漁船の無線を傍受せよ!
今日は天気は良かったのだけど、
諸般の事情により海には出かけるのは断念。
部屋を片付けていたら、押し入れから一台の無線機が出てきた。
もう10年以上前に買った奴だ。
小さいけれど、HFバンドのトランシーバで、昔はこれで世界中と交信したものだ。
今年の春先、自分の船に少しの間だけこいつを積んだ事があった。
遊漁船が無線で何を話しているのか?
ちょっと聞いてみたかったからだ。
・ ・ ・
相模湾に出ると、いつもたくさんの遊漁船が居る。
その時の船長さんたちは、
何やらさかんに他船と無線で交信していた。
もしかして、とってもオイシイ情報を交換したりしていたのでは・・・?
なかなか思うように釣果が出ないとき、
そんな思いがモクモクと浮かんできた。
・ ・ ・
まず、彼らがどんな電波で交信しているのかを調べてみた。
あらゆる無線局の情報は、総務省のHPで誰でも簡単に検索できる。
調べてみると、関東綜合通信局の所轄の特定船舶局として、
見覚えのある船宿の船がズラッと登録されていた。
免許されていたのは、電波形式A3Eの27MHz帯だった。
それならHF帯のアマチュア無線機で、難なく受信可能なはずだ。
免許されているチャンネルの個々の周波数まで細かに公開されていたので、
それらを冒頭の無線機にメモリした。
・ ・ ・
次の週末、さっそく無線機を船に持ち込んだ。
27MHz帯用のアンテナは無いが、
目の前に見える距離なら、元から有るVHF用のアンテナでも十分代用できる。
日の出とともに出港して、釣りをしながら遊漁船が出てくるのを待った。
もやがかかって、あまり視界の良くない朝だった。
まもなく近隣の港から、遊漁船が一斉に出てくると・・・
「○○丸です。おはよぅございまぁーす。」
「○○丸さん、△△丸です。今日もよろしくお願いしまーす。」
「△△丸です。おはよぅさんでーす。」
「はーい。よろしくでーす。」
「□□丸さん、今日はどっちだーい?」
「よろしくぅ!」
「おはよー!」
・・・・
みたいな感じで、挨拶大会が始まった。
「○○丸さぁん、隣に入らせてもらうよぅ!」
「ぅおぉーい、どーぞどーぞぉ!」
「△△さぁん、そっちはどーだぁい?」
「いやぁー、どーもねー、流れないからさっぱりさぁ!」
「じゃー、俺ぁ西の方に行ってみっかなぁー」
そのうち、もやが次第に濃くなり、視界が悪くなりはじめた。
遊漁船の船長さんたちの間でも、その話題で持ちきりだった。
「○○でーす。西の方は酷いよぉ。レーダー回してるけど、怖いわぁ。△△さんの方はどぉ?」
「○○さぁん。こっちの方が、まだマシかもぉ。」
「じゃー、そっち戻るわぁ」
「はぁーい、じゃぁー、気を付けて戻ってきてくださいねぇー!」
やがて、遊漁船の帰港時間となり、また挨拶大会が始まった。
「○○さぁん、お先に失礼ぇしまーす。」
「はーい、またよろしくお願いしまーす。」
「△△さーん、お先にぃ」
「はーい、またよろしくぅー」
「お先にぃ!」
「お疲れぇ!」
「またよろしくお願いしまぁす!」
・・・・
結局のところ、密かに期待した「オイシイ情報」は聞かれなかった。
海は、船長さんたちにとっての職場なわけで、船宿は違えど皆同じ職場の仲間同志。
どこの会社のどこの職場でも行われているような会話が、
無線を通じて行なわれていたのだった。
海の駅紀行 その6 「みかわ・みと海の駅」
遠州灘は、本当に長かった。
行けども、行けども、果てること無く単調な海岸線が続いた。
帯状の高気圧は、5日間列島を覆い続けたが、
翌日は久しぶりの荒天が予想された。
遠征6日目の2008年5月1日、
ようやく遠州灘を走り切った私たちは、伊良湖港で一息つきながら、
真鶴のロッキーマリンさんで教わった場所に電話を掛けた。
SKIPJACkを購入する際、エンジンでお世話になったスズキの相原さんが、
今は「スズキマリーナ・三河御津 」に居らっしゃると聞いていたのだ。
「お待ちしています」と返事をもらい、
疲れた体にムチを入れ、三河湾の奥を目指した。
・・・
そこはまさに「マリーナ銀座」と呼べそうだった。
隣には、「みかわ・みと海の駅」となっている「出光三河御津マリーナ 」。
対岸は、「がまごおり海の駅」となっている「ラグナマリーナ 」。
スズキの相原さんは、笑顔で出迎えてくれた。
荒天避泊のためここに2泊し、その間に船を上架してメンテナンスをお願いすることにした。
初日から走りづめだったから、船も人も骨休めをしたかった。
・・・
昼食を取りに、隣の「出光三河御津マリーナ 」(みかわ・うみの駅)まで行ってみることにした。
「スズキマリーナ三河御津」とは壁一枚で隔てられているだけで、
一つに繋がっていると言っても通りそうだった。
どちらも洗練されていて、日本離れしあ雰囲気を漂わせていた。
「出光三河御津マリーナ 」のレストランは、想像以上に秀逸だった。
おそらくマリーナとは無関係な一般客で込み合っていて、
地元での評判の高さがうかがわれた。
・・・
三河・御津では、とても手厚いご配慮をいただいた。
翌日、東海地方は予想どおり雨となり、遠州灘は3mの波となったが、
じっくり静養して、次の旅に向け英気を養うことが出来たのだった。


















