海の駅紀行 その12 「たなべ海の駅(現・たなべ内之浦海の駅)」(前編)
2008年5月9日
「西への旅」の中でも最大級の難所と恐れていた潮岬は、ベタ凪だった。
しかしそれが、「嵐の前の静けさ」であることは明白だった。
次の荒天は、かなりタチが悪そうだった。
一刻も早く、避泊に適したところに逃げ込まなければならなかった。
事前の情報をもとに選び出した場所は、
「たなべ海の駅(現・たなべ内之浦海の駅)」だった。
・ ・ ・
田辺湾は奥が深く、浅瀬が多い。
多くのヨットやボート、果てはクジラまでもが座礁しているらしい。
港湾案内に記された航路に沿って進んでゆくと、
一番奥まったところに「たなべ海の駅」があった。
上陸してうろうるしていると、現われた人は、
ボート倶楽部誌でも以前紹介されている、
マルチョウ・ボート・ステイション(MBS)の大島さんだった。
MBSの事務所でここまでたどり着いた経緯を話し、
荒天避泊のためやって来た事情を話した。
天候については大島さんも気にされていて、
ここでの停滞が長引くかも知れない点で、意見が一致した。
滞在中、どこに泊まるのかの相談になった。
近所の宿、キャンプ場などが候補に上がったが、
「何でしたら…」と提案された野営場所は、MBSの敷地内だった。
もちろん、通常は有り得ない超特別措置だ。
一般のお客さんも出入りするような場所でテント泊など、本来は迷惑に違いない。
屋根も無い小船で、遠路はるばる田辺までたどり着いた苦労を買って下さっての御判断だった。
提供していただいた場所は、雨の心配は全く無く、
トイレ・シャワー・自販機などが全て揃っていた。
いつでもボートの様子を見に行けるし、すぐ裏手にはコンビニも有った。
願っても無い、最高の野営場所を確保することが出来た。
間もなくやって来た荒天は、半端ではなかった。
強風・波浪・大雨・洪水・雷・洪水…警報が次々と発表された。
5日間にわたる、忍耐の日々が始まったのだった。 (続く・・・)
海の駅紀行 その11 「なち・かつうら海の駅」
2008年5月8日
その日も熊野灘は、ベタ凪だった。
だが、タチの悪そうな低気圧が、西から近づいていた。
最難関の一つ、潮岬での足止めを避けるには、
翌日が当面のラストチャンスと読んだ。
寄り道したい場所は山ほど有ったが、
その日のうちに、潮岬の手前の那智勝浦港まで進むことにした。
・・・
「なち・かつうら海の駅」(那智勝浦フィッシャリーナ)は、
勝浦市街からやや離れた場所に有った。
地元の漁船やボートが係留され、
中央の桟橋には、立派なヨットも泊まっていた。
小さな事務所が一つ有る以外は、これといった施設は見当たらなかったが、
静かで、落ち着ける場所だと感じた。
しかも一泊の係留代が262円だと言うのだから、すっかり気に入ってしまった。
車のナンバープレートが「和歌山」になっていた。
いつの間にか、随分遠くに来ていたものだ。
・・・
こういう小さな港には、必ずそこを散歩コースにしている人達が居る。
ここでもすぐに、地元の人達が集まって来た。
どういうネットワークが有るのか不思議だが、
わざわざ軽トラで駆けつけて来たオバちゃんも居た。
聞きたい情報をこちらから尋ねる前に、向こうから全部教えてくれた。
旅人達が何を必要としているのかを、よく分かっているのだ。
積んできた自転車で、那智勝浦の市街へ出掛けた。
教えてもらったコインランドリーで、溜まりに溜まった洗濯物を一気に片付けた。
夕方、海の駅の近くの温泉で汗を流した。
風呂上りに海岸線を自転車で流すのは、
やはり最高に気持ちが良かった。
翌朝は、日の出前から行動を起こした。
いよいよ潮岬越えだった。
前日までとはうって変わって、空は厚く雲に覆われていた。
風も東寄りにシフトし、まさに狙い通りのチャンス到来だった。
念入りに準備をしていると、昨日話をしたボート乗りの人がやって来た。
ちょっとだけブッキラボウな感じのする人だったのだが、
「ホタ(ホダ?)だけは気を付けてゆけよ! あそこだけは波が倍有るからな!」
と言い残し、一足先に海に出て行った。
ここから20分の所だという言葉を胸に刻み、
ようやく明るくなり始めた海を、潮岬に向け出航した。
津軽海峡~冬景色
正月休みを北海道の実家で過ごすため、
東北縦貫道をトコトコ走って青森までやってきた。
ここから函館へは、フェリーで渡らねばならない。
正真正銘、2009年最後の航海だ。
折悪く、二つ玉低気圧が発達しながら接近しており、
津軽海峡にも海上暴風警報が発表されてしまった。
うかうかしていると、北海道へ渡れなくなってしまう。
津軽海峡フェリー(旧東日本フェリー)の午後の便を予定していたが、
予定を繰り上げて、さっさと渡ってしまうことにした。
これまで青森・函館間のフェリーは7・80回利用しているのだけれど、
今回初めて「青函フェリー」の船を使うことになった。
「3号はやぶさ」 2107トン。
函館・青森間の船では、かなり小型の部類。
客室も手狭な感じは否めなかった。
11:15 乗船開始。
バウ側から車両甲板へ入る。
右側に停泊しているのは、
本来乗る予定だった津軽海峡フェリーの「びるご」 6706トン。
11:35 出港。
アスターンをかけて離岸し、180度回頭して青森港を出た。
約170Km先の函館まで、3時間45分の船旅が始まった。
青森港内には、あの「ナッチャンRera」が停泊していた。
旧東日本フェリーが満を持して投入した高速船だったが、
結局、経営状態改善の切り札とはならず、
今は係留されたままになっている。
陸奥湾内を走るうちは海は穏やかだったが、
海上暴風警報なのだから、この程度で済むはずは無い。
津軽半島がかすんで見えた。
13:50 にわかに船の動揺が激しくなった。
いよいよ津軽海峡に差し掛かったのだった。
津軽海峡は、東西の風が吹き抜ける場所。
風走距離が長くなり、それにつれて波高も上がる。
風はどんどん上がり、波も高くなっていった。
この時点で、すでに船内を真っ直ぐ歩くのは困難。
時折、大きな波が船体に当たって、「ガーン」と金属音が響き渡った。
海面はそこらじゅうウサギだらけ。
今乗っているのが自分の船だったら…と思うとゾッとするけれど、
今日は余裕で時化を楽しめた。
14:50 函館山の姿が見えてきた。
沖から見ると、なんだか島みたいだ。
もう一息…
無事、函館に到着。
この時期としては気温が高く、雪が溶けて路面はべちゃべちゃだった。
やれやれ。
2009年最後の釣行は貧果で無事終了
昨日は冬至だった。
太陽は30度ちょっとの高さまでしか昇らないから、影は一日じゅう長く延びる。
冬はこれからが本番だけど、
この先どんどん日が長くなるかと思うと、なんだかちょっと嬉しい。
この一ヶ月間、天候や体調の不調が重なって、週末の出港が叶わなかった。
年末寒波が一段落した今日、2009年最後の相模湾に出かけてきた。
・ ・ ・
まだ暗い中、自宅を出発。
放射冷却がバッチリ決まって、朝の気温は0℃まで下がっていた。
リバーポートマリーナの芝生にも霜が。
エンジンカバーも、バリバリに凍りついていた。
こんな寒さの中を海に出るなんて、我ながら物好きだなと思ったりする。
一か月ぶりの相模湾は、抜けるような快晴。風は北寄りが少し残っていた。
風はこの昼前には南にシフトし、午後にはどんどん上がるはず。
今日は、お昼までの短時間勝負と読んでの出港だった。
それにしても富士山が綺麗。
ほんの数日前、元F1レーサーの片山右京氏のパーティの遭難が有った場所とは思えない。
その外観に反して、かなり危険な山でもあったりする。
さっそくパラシュートアンカーを打って流す。
狙いはもちろん今季まだ縁の無いアマダイ。
嫁さんに一匹釣られたまま年を越すのは、何としても回避したかったのだが…。
うーん・・・
違うんだよなぁ・・・
予想どおり、11頃から徐々に風向きが変わり始めた。
船の流れる方向が、流し変えるたびに変わる。
沖には伊豆大島の姿が。
真鶴の岩港には、17ftとかで大島まで釣行するツワモノ達が居らっしゃるとか。(冬でも)
平塚からならざっと30マイル。
今日みたいなコンディションなら、行けそうな気がしてくる。
来年のテーマの一つにしてみようかしら
・・・なんて考えてたら、久しぶりに強い魚信が。
慎重に巻き上げてくると、ゴンゴンと三段引き!
もしや・・・と一瞬期待したのだけれど、
上がって来たのは、なんともでっかなトラギス。
広げた親指~小指の長さを超えていたから、25cmくらいありそうだった。
そう言えば来年はトラ年だなぁ。
これはきっと吉兆に違いないと勝手に結論づけたところで、
目出度く2009年最後の釣りを切り上げることにした。
でも、あまりに気持ち良い天気なので、
大磯方面まで軽くひとっ走りして憂さ晴らし。
13:00帰港。
釣りの方はぱっとせず、今年を象徴する結果だったけれど、
最高のコンディションの下で2009年を締めくくることが出来た。
今年も色々な所を走り回ったけれど、事故無く終わってくれて良かった。
来年は、どんな年にしようかな。
海の駅紀行(特別編2) その10 「ごかしょ海の駅」…にその後なった場所
2008年5月7日
その日は絶好のコンディションに恵まれた。
難所と覚悟していた大王崎を難なく越え、あっけなく熊野灘に突入を果たした。
それに気を良くして釣りに興じていたら、にわかに海風が上がって来て、
一目散に、目の前の五箇所浦に逃げ込んだ。
・・・
空いていた岸壁に槍付けし、漁協で許可をもらって船に戻ると
SKIPJACKの前には、地元の人々の人だかりが有った。
どうもその場所は、彼らのたまり場だったようだ。
聞くと、ヨットやバイクの旅人は、しばしば訪れるらしい。
しかし自分のスタイルは、彼らにもかなり奇異に映ったようで、質問攻めに遭った。
やがてにわかに、小アジ釣りが始まった。
彼らは裏山で根曲がり竹を採ってくると、それを竿にしてサビキ釣りを始めた。
アジは、面白いように釣れ上がっていた。
その様子を眺めながら、一人の地元の若者と岸壁で話し込んだ。
静かで綺麗な場所で、羨ましいと投げかけると、
この地域で盛んな養殖業も、なかなか苦労が多いと、愚痴が返って来た。
二人の目前には浮き桟橋が有った。
いかにも漁船が戻って来そうで、係留を自粛した場所だったが、
そこも最近はあまり使われないのだそうだ。
確かに、私が滞在していた間、そこに着けた船は一隻も見かけ無かった。
・・・
日が落ちると、人々は三々五々帰り始めた。
「今夜はどこで寝るんだ?」
「その辺にテントでも張ろうかと…」
「それならこっちがいいぞ」
…と、すぐ裏手の集荷場を勧められた。
屋根で覆われているので、最高の野宿場所だった。
スノコを2枚持って来てくれて、その上にテントを張れと言う。
至れり、尽くせりだった。
・・・
集荷場の真ん中に居を構え、コンビニ弁当をつつき始めた頃、
夕食を終えた地元民が、また一人二人と集まり始めた。
やはり港は、彼らの社交場なのだ。
いつしかテントを中心に、人の輪が出来ていた。
・・・
最近、あの五箇所浦に、「ごかしょ海の駅」が出来たことを知った。
私が野宿した場所から、たぶん目と鼻の先の場所だ。
マリーナが母体の海の駅とはまた一味違う、
日本の港の、そのままの姿に触れられる場所として、
いつまでも続いて欲しいと思う。




































