気象予報士試験に合格した
1月に受験した第33回気象予報士試験の合格通知が届いた!
気象予報士試験には、学科試験(2科目)と実技試験が有る。
学科試験は、いずれも5者択一のマークシート方式で、
これは去年夏の試験でパスしていた。
今回受験した実技試験は、記述・論述式。
実際の、過去のある日の気象データをドサっと渡され、
75分の間に、数多くの設問に超スピードで答えなければならない。
そのような問題を、20分のインターバルを置いて2題解かされる。
合計150分の、とてもタフな試験だ。
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1月24日(日) 13時10分 「回答を始めてください!」
試験開始の合図とともに、配布された試験問題を見て、「あっ!」と思った。
「XX年5月12日」と年号だけは伏字になっていたが、
それが2008年の5月12日の気象データである事は、一目で分かった。
北上する台風2号と、西から迫る寒冷低気圧。
こいつらのせいで、自分は南紀白浜の「たなべ海の駅 」で、
5日間も足止めを余儀なくされたのだ。
テントの中で恨めしい思いをしながら見た天気図が、目の前にあった。
だからと言って、設問への答えが簡単になったわけでは無いのだが、
「ここで会ったが百年目!」的な高揚感が、
張り詰めた緊張感を、一気に吹き飛ばしてくれた。
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思えば、子供の頃から気象には興味が有った。
夏・冬休みの自由研究には、よく気象をネタにした。
手製の風向・風速計を工作しては、「観測」の真似事をしたものだ。
長じて海や山に出かけるようになってからは、
自分の身を守る意味で、それなりに独学をした(つもりだった)。
しかし、2008年と2009年の2度のロングクルージングを通して、
知識不足を痛感し、体系立てた勉強の必要性を感じた。
気象予報士になったからと言って、
自由自在に天気を読めるようになったわけでは、決して無い。
むしろ天気予報の難しさを、再認識したといった方が良さそうだ。
今後は、以前より多少増えた気象のメカニズムの知識を、
ホームグラウンドの相模湾に当てはめて、
相模湾特有の気象・海象を、
自分なりに紐解いて行けたらと思っている。
まずは、メデタシ、メデタシ!
海の駅紀行 その20 「ゆたか海の駅」
2008年5月18日
翌日に確実に広島へ逃げ込むため、
尾道からもう少し西へ進んでおこうと思った。
この日は「たどつ・こんぴら海の駅」を基点に、「うつみ」、「おのみち」と海の駅ばかりを辿って来たので、
最後まで海の駅めぐりでゆくことにした。
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目的地に選んだのは、大崎下島にある「ゆたか海の駅 」だった。
今や全国各地に100か所以上ある海の駅だが、
その第一号がこの場所だったことに食指が動いた。
連絡を入れると、ちょっと困ったような声で、船の大きさを尋ねてきた。
17ftだと伝えると、「それなら何とかなります」との返事が返ってきた。
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平羅島と中ノ島の間に懸かるアーチ橋をくぐって「ゆたか海の駅」にアプローチ。
「ゆたか海の駅」の係留施設は、小長港の奥に有った。
港口付近に障害物が沈んでいるということだったので、慎重に入港した。
小じんまりした港で、桟橋が短く、大型艇には窮屈そうだ。
ちなみに、係留料金は無料だった。
港の外側には、定期船の桟橋が有る。
定期船が着岸している間は、入出港が困難となる。
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第一号だけあって海の駅の建物には、しっかり「ゆたか海の駅」と明記されていた。
定期船のターミナルも兼ねているようで、
食堂、みやげ物店、宿泊施設などが一とおり備わっていた。
尋ねると、あと一部屋だけ空きがあると言う。
この日は野宿の予定だったのだが、
海の駅第一号の宿泊施設に泊ってみたくなり、急遽方針を変えた。
部屋に落ち着いてから、あらためて港付近を散策。
すると、先着していたヨットに見覚えがあることに気付いた。
一昨日、小豆島の土庄港で見掛けたヨットだった。
実は昨日の多度津港でも、私に遅れて入港してきた様子を目撃していた。
この日、自分は寄り道が多かったので、ヨットの方が先着していたのだった。
自分は大体1日に30~50マイルのペースで移動していたのだが、
これはヨットの人たちのペースに近いらしい。
それにしても、3日連続で同じ場所に舫いを取ることになるとは…
声を掛けると、大阪方面から一人で来られた方だった。
この先は関門海峡を抜けて、日本海を青森まで北上するのだそうだ。
話し相手に飢えていたのだろうか、真っ暗になるまで話し込んでしまった。
「ゆたか海の駅」は、マリーナやフィッシャリーナが母体ではない。
詳しくは分からないが、地元が町おこしの一環で始めたような感じの場所だった。
全体に手狭で、施設も簡素だったが、SKIPJACKのような小舟には十分だったし、
予約などの面倒な手続きが不要で、「空いていればどうぞご自由に」といった雰囲気は、自分は好きだ。
こんな場所が、相模湾にももっと出来ればなぁと思ったのだが…
翌年ここを再訪してショックを受けることになるとは、この時は思いもよらなかった。
春の嵐と津波の襲来
今週は一転して暖かくなった。
気温が15℃を超え、20℃に迫る日も有った。
しかし好天は週末まで続かず。
25日(木)には、日本海に進んだ低気圧に南風が吹き込み、
関東地方では昨年より12日遅く春一番が観測された。
その低気圧が週末の天気を崩した。
27日(土)の朝には、低気圧から延びる寒冷前線が関東地方を通過。
湘南方面は注意報のオンパレードとなり、
平塚の観測塔でも波高が2.5mを超えた。
そしてとどめは、27日(土)の午後に南米チリで起こったM8.8の巨大地震。
そこで発生した津波が、地球を半周して日本を襲う恐れが出たため、
28日(日)の朝、相模湾にも津波警報が発表された。
(気象庁HPより引用)
予報に違わず、津波は日本列島に到達した。
幸い人的被害は出なかったようだが、
潮位偏差が1mを超え、一部では冠水した地域もあったようだ。
平塚沖の観測塔の潮位のデータも、13時過ぎから不自然な変動を示し、
相模湾にも津波が到達していたことがうかがえる。
もし自分が海に出ている時に津波警報が出たら…?
今回のように、避難する余裕が有るとは限らない。
滅多に無いことだけど、イザという時に備えて心の準備はしておく必要が有りそうだ。
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そんなこんなで、
マリーナのアマダイ釣り大会は、またもお流れになってしまった。
二週続けて自宅で悶々とする週末となってしまったけれど、
自宅の庭では、ようやく梅の花が開き始めた。
明日からは3月。
春はもう目の前まで来ているようだ。
海の駅紀行 その19 「おのみち海の駅」
2008年5月18日
「うつみ海の駅」を発った私は、「おのみち海の駅」を目指した。
ここまでの航海で立ち寄った様々な場所で、
尾道に立ち寄ることを勧められていた。
「うつみ海の駅」からは、ひとっ走りの距離だった。
それまでの広々した海は一変して、
まるで大きな川を遡るような航海となった。
雲はいつの間にか取れ、抜けるような青空が戻っていた。
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尾道海の駅の桟橋は、
さながら水に浮かぶ、駅のプラットフォームのようだった。
第二連絡先の尾道ロイヤルホテルに連絡を入れた。
ホテルのフロントの新人さんらしき女性が桟橋まで出迎えてくれたのだが、
船にはまるで疎い様子で、
受け取った舫いをどうして良いのかオロオロしていた。
この桟橋は、もともと連絡船の船着き場として作られた物と思われた。
桟橋の高さが高く、デッキの低いSKIPJACKでは、
よじ登るのが少々厄介だった。
目の前を船が通ると、強い曳き波が来て桟橋全体が大きく揺れるので、
小さな船の場合は、係留に配慮が必要だった。
空いていれば、裏側に係留するのが賢明だろう。
桟橋は市街の中心部にあり、尾道観光にはおあつらえ向きだった。
3泊で500円と係留料も手頃で、人気の高さがうかがえた。
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さっそく尾道散歩へ。
ロープウェイで千光寺山へ昇ってみることにした。
周辺は寺院がたくさん有った。
「古寺めぐり」は尾道の観光コースにもなっていたようだ。
山頂からは、まるで川のような海に面した尾道の市街が一望出来た。
↓東方向(こっちから走って来た)
↓西方向(こっちに向かって走って行く)
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ラーメン屋の開店時間にはまだ早く、尾道ラーメンは諦めざるを得なかった。
街を走る車のナンバーを見て、
自分がすでに広島県に入っていたことに気がついた。























