0709さんのブログ -113ページ目

【太田勝正】タカ投手からスポーツ用品店勤務②

5月27日付西日本新聞

【太田勝正】
野球漬けの人生だった。再就職先を探すにも、履歴書の書き方も分からない。妻から勧められ、大型自動車免許の取得を試みたものの11度も実技試験に落ちた。先が見えない中、妻が「少しでも野球に関われる仕事を」と、スポーツデポの社員募集案内を見つけてきた。

07年3月、初めて店頭で頭を下げた。それまで道具の手入れはスタッフ任せ。客の質問に答えるのは、おっくうだった。それでも、野球がうまくなりたい少年少女は、仏頂面の『元プロ』を頼ってきた。

1年ほど過ぎた頃だ。中年男性から1通の手紙を手渡された。「ホームランを打てたのは、太田さんのおかげです」。前日打撃のコツを教えた男子小学生が、父親に託したものだった。「息子さんをほめてあげてください」。礼を言いたいのは自分の方だった。「野球って、楽しいんだね」。野球に熱中する子どもたちを見守りながら、繰り返した。

【太田勝正】タカ投手からスポーツ用品店勤務①

5月27日付西日本新聞

【太田勝正】
「速い球は、どうやったら投げられるんですか」「遠くに飛ばすには、どうすればいいんですか」。野球少年、少女が問いかけてくる。福岡市西区のスポーツ用品店『スポーツデポ マリノアシティ福岡店』内にあるケージの中。「ちょっと見とってん」。店員の太田さんのバットから放たれた打球は糸を引き、大きくネットを揺らす。

傷んだグラブやスパイクの修繕が主な仕事だが、子どもたちに請われると、身ぶり手ぶりを交えて指導する。「真剣な目を見たら裏切れませんから」。つい熱が入る。18年身を置いたプロ野球の世界ですり切れた心が、ようやく修繕できた気がする。

1988年、愛知・三河高から投手としてドラフト6位で福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)に入団した。二軍ではオリックス時代のイチロー選手を抑えたこともあるが、現役7年間で一軍での登板はかなわなかった。

96年からは打撃投手に。練習で打者の要望通りに打たせるのが仕事なのに制球が定まらず、打者に持ち時間の途中で帰られこともある。06年11月、戦力外を告げられた際、「もう投げなくていいんだ」とほっとする自分がいた。

5/28 ホークス情報

5月28日付西日本スポーツ

【笠原大芽】
27日、二軍戦(阪神・雁ノ巣)で公式戦初先発。6回を2安打無失点。「一人ずつ打ち取ることを意識した。いつも通りに投げられた」。最速143㌔の直球と打者の手元で沈むツーシーム、スライダーを組み合わせて3回までは完全投球。石渡二軍監督も「ストライク先行で投げられた。どんどん先発で投げさせたい」とうなずいた。

同学年では昨季から活躍する藤浪(阪神)、大谷(日本ハム)に加え、今季は同じ左腕の浜田(中日)や森(楽天)も台頭。笠原も負けるつもりはない。まずは一軍への第一歩。「先行されたけど焦らず、3~4年後でもいいから(追い越す)結果を出したい」。

【釜元豪】
27日、二軍戦(阪神・雁ノ巣)、阪神・蔵内から中越え1号ソロを放った。昨年は二軍戦で2本塁打を放っている。「思い切って真っすぐ一本に絞った。あんなに飛ぶとは」。二塁まで全力疾走したことを思い出し、苦笑いしていた。