【太田勝正】タカ投手からスポーツ用品店勤務①
5月27日付西日本新聞
【太田勝正】
「速い球は、どうやったら投げられるんですか」「遠くに飛ばすには、どうすればいいんですか」。野球少年、少女が問いかけてくる。福岡市西区のスポーツ用品店『スポーツデポ マリノアシティ福岡店』内にあるケージの中。「ちょっと見とってん」。店員の太田さんのバットから放たれた打球は糸を引き、大きくネットを揺らす。
傷んだグラブやスパイクの修繕が主な仕事だが、子どもたちに請われると、身ぶり手ぶりを交えて指導する。「真剣な目を見たら裏切れませ んから」。つい熱が入る。18年身を置いたプロ野球の世界ですり切れた心が、ようやく修繕できた気がする。
1988年、愛知・三河高から投手としてドラフト6位で福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)に入団した。二軍ではオリックス時代のイチロー選手を抑えたこともあるが、現役7年間で一軍での登板はかなわなかった。
96年からは打撃投手に。練習で打者の要望通りに打たせるのが仕事なのに制球が定まらず、打者に持ち時間の途中で帰られこともある。06年11月、戦力外を告げられた際、「もう投げなくていいんだ」とほっとする自分がいた。
【太田勝正】
「速い球は、どうやったら投げられるんですか」「遠くに飛ばすには、どうすればいいんですか」。野球少年、少女が問いかけてくる。福岡市西区のスポーツ用品店『スポーツデポ マリノアシティ福岡店』内にあるケージの中。「ちょっと見とってん」。店員の太田さんのバットから放たれた打球は糸を引き、大きくネットを揺らす。
傷んだグラブやスパイクの修繕が主な仕事だが、子どもたちに請われると、身ぶり手ぶりを交えて指導する。「真剣な目を見たら裏切れませ んから」。つい熱が入る。18年身を置いたプロ野球の世界ですり切れた心が、ようやく修繕できた気がする。
1988年、愛知・三河高から投手としてドラフト6位で福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)に入団した。二軍ではオリックス時代のイチロー選手を抑えたこともあるが、現役7年間で一軍での登板はかなわなかった。
96年からは打撃投手に。練習で打者の要望通りに打たせるのが仕事なのに制球が定まらず、打者に持ち時間の途中で帰られこともある。06年11月、戦力外を告げられた際、「もう投げなくていいんだ」とほっとする自分がいた。