養老孟司先生 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、昨日の『NHKスペシャル「私の往生際 養老孟司が見つめた“生と死”」』には期待していました。

 

なぜなら、ぼくは彼の影響がすごく強いからです。

 

ちなみに、「孟司」はぼくの父親と同じ名前です。

 

いつも説明する時、孟子の「もう」と、司会の「し」と説明するのでしたが、そもそも孟子という漢字を知らない。

 

そこで、「子の下に皿」と説明するのでしたが、それでも伝えきれない。

 

だから養老先生には親近感があったのでしょう。

 

・・・・・・・

 

彼については過去に何度も書きましたので省略します。

 

 

88歳になった彼が今どんな境地に達しているのか?・・・これが養老ファン(?)の興味のポイントでしょう。

 

ところが、昨日の番組ははっきり言ってつまらなかった。

 

何だよ!彼の思想が成熟の域に昇華されているどころか、「退化」していたのです。

 

小細胞肺癌を患っていて、余命いくばくもないというのは辛いと思います。

 

でも、それって自業自得じゃん。

 

あれほどのヘビースモーカーだったんだから、覚悟の上だろう?

 

彼は死についてかなり発言してきました。

 

だったら、自分が迎える死について、これまでの持論と比べて何が違うか?「検証」する姿を期待していたのです。

 

ところが、そこにあるのは死に怯える(そう見えた)88歳の老人そのものだったのです。

 

何だよ!人との繋がりの大切さに気付かされた・・・なんて。(ーー゛)

 

彼は小さい時から変人だったのです。

 

ぼくが変人だからそれがわかるのです。

 

若い頃、周囲と合わせられなくて、「虫」に没頭した。

 

今でも虫の採集に情熱を示します。

 

それは、彼が孤独だったからです。

 

彼が解剖学を職業にしたのはスジが通っているのです。

 

なぜなら、両方とも対象が「死んでいる」からです。

 

彼の理屈は「話しても分かってもらえない」でしょう?

 

死んだものが相手なら、分かってもらおうなんて苦労はない。

 

もう一度、何だよ!人との繋がりの大切さに気付かされたなんて。

 

とっくに亡くなった飼い猫(マルは人気でした)のぬいぐるみを抱くなんて。

 

ぼくの父親は90歳まであと6日前でなくなりました。

 

二人の孟司は、奇しくもほぼ同じ年齢で人生を閉じることになりそうです。

 

尖ったオヤジも最後は丸くなって消えていくのかなぁ〜。