・・・・・・・っということで、ちょっと間が開きましたが、人間を超える人工知能のリスクについての話の続きです。
クロード・ミュトスという聞きなれない単語が突然出てきて、あれよあれよというまに皆が知るころとなりました。
SFの世界だった話を、まさか生きている間に聞くとは予想していませんでした。
やっぱり長生きするのは面白いですね。
この人工知能の暴走については、SFの世界では古典的なテーマです。
人間が制御できない知能ですから、その描く世界のほとんどはディストピアです。
本来、科学の進歩の先にある世界は、ユートピアであるはずです。
なのに、大方の予想は、悲観的な未来で一色です。
何しろ正体が「得体が知れない」のですから、悲観的になるのも仕方ないことです。
しかし、明るい側面を見逃すべきではないでしょう。
AIは人間の労力を劇的に減少させ、その結果人類は「圧倒的な自由時間」を得るのは間違いないのです。
あの古代ギリシャのアリストテレスは、奴隷(当時の労働力)のおかげで生まれた「余暇」こそが、人間が哲学し、市民として最高に人間らしく生きるための必須条件だと説きました。
AIという奴隷が反乱を起こす心配をするより、労働なしに手に入れた自由時間をどう使うか?
不労所得(?)をどう分配するか?
それを考えることのほうが重要ではないでしょうか?
アフリカの貧困問題。
地域紛争も、結局のところ「所得格差」が原因でしょう。
これはどういうことか?人類の歴史が国家単位の覇権で考えられていたことが、世界単位で考えることが必須になったという意味でしょう。
働かなくても一定の生活を保障する「ベーシックインカム」制度が実現できるチャンスかも知れません。
アリストテレスが描いた理想的世界が、2500年を経て再登場してきたのです。
科学の進歩とはそうあるべきです。
政府による規制も手遅れ。
科学者の手にも負えない。
金儲けしか頭にない一部の起業家に人類の未来を託すこともできない。
今までのように、政治家などの専門家に責任を負わせるのではなく、教育者、宗教家、芸術家、社会学者、中でも哲学者など全ての分野の意見を総動員して、AIがもたらす「あるべき未来」を本気で考える段階になったのです。
得体の知れないものを怖がるだけでは、間違いなく人類の未来はディストピアでしょう。
・・・このシリーズおわり。
