中国の執念深さ(タラス河畔の戦い) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、「タラス河畔の戦い」って全く知りませんでした。

 

でも、何で中国がウィグル自治区で非人道的な弾圧を加えるのか?何で「一帯一路」なんて言葉を持ち出すのか?・・・それを解く鍵が「タラス河畔の戦い」なのです。

 

タラス河畔の戦いは751年、中央アジアの歴史における大きな転換点のひとつです。

 

唐軍(高仙芝率いる)とアッバース軍(ズィヤード・イブン・サーリフ率いる)が、キルギス〜カザフスタン国境付近で激突しました。

 

もちろんシルクロードの要衝であり、オアシス都市や遊牧民の通商ルートをめぐる支配権が戦いの原因です。

 

まさしくぼくが今回訪れたキルギスとカザフスタンの国境を流れる河です。(流れは途中で砂漠に消えてしまいます。)

 

 

この戦いは唐(中国)のボロ負け。

 

3〜10万といわれた唐軍は、多くが殺されまたは捕虜となり、残兵数は数千だったそうです。

 

この戦い以降、中央アジアはイスラム圏が支配することとなりました。

 

中国悔しかったでしょうね。

 

シルクロードなんて、まるで中国中心のネーミングまでされたのにね。

 

中国人は執念深い。

 

中国は1200年以上前のタラス河畔の敗戦の恨みを抱き続けているとぼくは睨んでいます。

 

だからこそ新疆ウイグル自治区で徹底的にウイグル人を弾圧しているのです。

 

「一帯一路」というキャンペーンは明らかにシルクロード、しかも中国主体をイメージさせる、を意識しています。

 

中国にとって西域である中央アジアを我が物にして、タラス河畔の敗戦の恨みを晴らそうとしているとぼくには見えるんですけど、どうでしょう?^m^

 

以上、「行ってから学ぶ」の典型でした。(^^)/