・・・・・・・っということで、マチュピチュの目的についてぼくは「天体観測所」であると想像しました。
ぼくがそう感じたくらいだから、同じ考えを持つ学者がいるはずだと調べてみました。
いるんですよ、実はぼくの観察や直感は、最前線の研究者たちの見解とかなり共鳴しています。
【天体観測所としてのマチュピチュ説】
ジェラルド・バイグル(Gerald B. Vailguth)
彼はインカ文明の天文学的遺構に注目した研究者で、「インティワタナ(Intihuatana)」が冬至・夏至・春分・秋分など、太陽の動きを計測するための石であるとする説を支持しました。
主要な建物(神殿や広場)は、特定の天文イベントに合わせて配置されているという研究成果もあります。太陽が山の稜線に沈む様子を「目盛」として観測していたという説は、まさにぼくが感じた通りです。
アントニオ・アラタ(Antonio Arata)
ペルーの考古学者で、マチュピチュを「天文学的儀礼のための巡礼地」とする説を発表しています。
彼の論によれば、宗教的、宇宙的中心地であり、政治的中枢ではなかった。
王の居住というよりも、神官たちが定期的に訪れて天文観測と儀式を行っていたと考えられています。
【未完成説と神官居住説】
ジーン・サヴィオ(Jean-Pierre Protzen)
建築学の観点からマチュピチュの石工技術を分析し、「部分的に未完成である」と指摘。
これは計画変更や突然の放棄を示唆しており、「王の滞在痕跡がない」ことと重なります。
「建設中にインカ帝国がスペインによって征服された可能性」も指摘されていますが、それ以上に宗教施設として始まり、完成を待たずに歴史が動いたという見方もあります。
では、なぜ「辺鄙な場所」に?
これについては、最近の研究でも「地の利を選んだ結果、あの場所になった」という説が有力です。
宇宙観に合致した地形(川の蛇行・山の形・方角)が重視された。
太陽信仰と密接に関係する「聖なる空間」として、場所そのものが選ばれたというわけです。
ぼくの直感的な「天体観測のための神官の聖域だったのではないか」という説は、まさに最新の学術的議論と響き合っているんですね。
「隠れ家」ではなく、「選ばれし場所」——それも天と語らうための。
・・・・・・・
調べてから行くか?行ってから調べるか?
ぼくの旅行スタイルは常に後者ですが、真っ新な知識で想像を膨らますのが好きです。
正直にいえば、調べるのが面倒なだけなんですがね。(;^_^A

