・・・・・・・っということで、マチュピチュに行く前は、安全のために隠れ住んだ場所だと想像していました。
あれだけ人里離れた場所に、自給自足できる村を建設したのですから。
日本でも平地に造った城の裏側に籠城するための山城を建設したケースが多いんです。
武田信玄の居城(躑躅ヶ崎館)以外に要害山城があります。(人は石垣、人は城と言ったとされていますがね。)
いわばパニックルームですね。
マチュピチュもそんな目的で建設されたと。
しかし行ってみると、人里離れたとはいえ、隠れるためではなかったような印象を持ちました。
なぜなら、天体観測所が中心に位置しているからです。
古代は政治と占星術が深く結びついていました。
その重要性は現代人が想像する以上だったのです。
すでに触れましたが、あの観測台から太陽の動きを観察するのに、山々の頂上が目盛として使えるのです。
そういう観測所にベストな場所となると、辺鄙な山しかなかったのです。
辺鄙だから造ったのではないのです。
王の部屋と同時に神官の部屋も立派なのです。
石積みをみると、マチュピチュは未完成だそうです。
王が滞在した形跡もないようです。
ですから、王が居住する施設ではなく、天体観測の神官が生活するためだったとぼくは納得しています。

