・・・・・・・っということで、また始まったの?・・・というのが正直な感想です。
なんか昔と比べて多くない?
ぼくが生まれてすぐの昭和28年に、初、春、夏、秋の4場所制となりました。
昭和32年の福岡場所から5場所制になりました。
何と翌昭和33年の名古屋場所から6場所制になったそうです。
今年は昭和100年ですから、一ヶ月おきに開催されていることを知らない方がおかしいんですけどね。(^^ゞ
でも、昔はもっと回数が少なかったような気がするのはなぜでしょうね。
「一年を二十日で暮らすよい男」という江戸時代の川柳の影響でしょうね。
当時は春と秋の2場所、それぞれ10日間ですからそう言われたのです。
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本場所以外に巡業というのがあるらしく、力士の生活はそんなにヒマじゃないようです。
とはいえ、ぼくが子供のころ見ていた大相撲と今のとはずいぶん違いますね。
当時は柏戸と大鵬という二大横綱がいて、柏鵬時代と言われる黄金期がありました。
年代としては、1960年代から1970年代にかけての期間です。
ということは、ぼくが8歳から18歳にかけてですね。
ホントーに興奮したものなんですよ。(^^)/
その後、輪湖時代というのがあって、輪島と北の湖が優勝を争いました。
昭和49年9月から昭和53年5月(1974年〜1978年)にかけてのことです。
その後、ウルフというあだ名(千代の富士)の力士が出てきて、あれよあれよというまに横綱になってしまいました。
横綱在位が昭和56年9月~平成3年5月(1981年〜1991年)ですが、この辺からなんか大相撲がオカシクなってきたように見えます。
オカシクなったとは、小兵なのに強すぎるという点です。
平成7年1月から平成10年5月(1995年〜1998年)にかけては、曙と貴乃花が活躍した時代ですね。
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曙とか小錦のハワイ力士がいた頃はまだ平和でしたね。
ところが、モンゴル力士が出現して大相撲が大きく様変わりしてしまいました。
ぼくは大相撲はスポーツではなく、「様式美」を追求する伝統芸能だと思っています。
モンゴル力士たちはそんな伝統や様式美なんて理解できない。
強いから勝つのであって、勝ち続ければ横綱=チャンピオンになることはスポーツの基本だろうという世界の正論を相撲協会に突き付けたのです。
おっとどっこい、それは日本では通用しない。
チャンピオンの資質は「心技体」の3要素が揃わなければならないのが日本における定義なのです。
心とは、「人格」のことです。
強靭な体格と優れた技を持っていても、心がなければ横綱という定義からは外れるのです。
これはスポーツと認識している者にとって理解し難い。
大相撲どころか野球においても、日本人は選手に人格を求めるのです。
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さて、最近の大相撲中継を見ていると、ナンか以前より面白くなった。
若い力士たちが生き生きと相撲をとっているように見えるのです。
様式美も大事だろうが勝負である以上実力だろう?・・・という考えが浸透してきたようなのです。
昔の相撲は様式美を保つために、目に余る申し合い相撲が多かった。
ひたすらスポーツの道を歩んでしまった柔道と比べて、大相撲はどういう経過を辿るのでしょうね。
