無慈悲である理由 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
62カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、いま進行中のガザ戦争において、イスラエルの無慈悲さが目立っています。

 

民間人、特に子供が死のうがお構いなしなのです。

 

非常にデリケートな問題提起ですが、これはユダヤ教に原因があるのではないかと、ぼくは感じるのです。

 

世界三大宗教といえば、キリスト教(32%)、イスラム教(25%)、ヒンドゥー教(15%)ですね。

 

では、ユダヤ教は何%でしょう?

 

わずか0.2%です。

 

ユダヤ教について、知識といえるものは全く持ち合わせていません。

 

選民思想と割礼、7枝の燭台、変な帽子と長いもみあげ、旧約聖書が聖典、一神教の発明・・・くらいですかね。(;^_^A

 

最大の特徴は選民性、すなわち自分たちは神に選ばれし民族であるとの認識です。

 

これが他の宗教とは大きく異なる独自性ですね。

 

世界の終わりに助かるのは、オレたちだけだと信じているのです。

 

キリスト教やユダヤ教のように、自発的な改宗活動が盛んな宗教ではありません。

 

「閉じた宗教」と言えるのではないでしょうか。

 

かといって、異教徒との結婚は禁止されていないし、相手が改宗しなければ結婚させないということもないようです。

 

しかし、改宗(入信?)となると、ものすごく慎重です。

 

ラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)や地元のコミュニティと連絡をとり、厳格な儀式や学習プロセスを経ることが求められるのが一般的だそうです。

 

ぼくは単純に物事を考えすぎるのが欠点ですが。これをもってユダヤ教は「排他的な宗教」と考えていいのではないでしょうか。

 

2世紀半ばのパレスティナ追放以来、ディアスポラとして世界にちらばったのですから、ユダヤ人としてのアイデンティティーを維持する上で、この排他性は必要だったのでしょう。

 

ガザ戦争におけるイスラエルの行為を理解する上で、「ユダヤ教の特異性」を考慮することは、決して間違いではないと思うんですけどどうでしょう?