・・・・・・・っということで、いい映画だろうと予感はしていたけれど、意図的に見ることを避けていました。
その理由は、「同性愛」がテーマだからです。
男性同士にしろ、女性同士にしろ、ぼくには関係ない。
別にいいです、どうぞお構いなく。
違和感・・・というより、気持ち悪いのです。
これをもって、ぼくのことを差別主義者と言ってもらっては困ります。
気落ち悪いとは、ぼくの正直な感情であって、自分に正直でいたいだけです。
この映画を含めて、同性愛をテーマにした名画が沢山あることは素直に認めます。
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さて、主人公のターはレズビアンであって、同性の主席バイオリニストと夫婦の関係であることは公然となっています。(アラブ系?の養女さえ持っています。)
彼女はそんな些細(?)なことを跳ね除けるだけの音楽の才能を持っています。
音楽と性差別は全く関係ないことを、彼女は実力を持って証明して見せています。
ところが、世間はそうは見ない。
まず、彼女の愛を独占したいと願う女性がいます。(嫉妬)
同性愛者であることをネタに彼女の足をすくおうとする男性がいます。(妬み)
いくら彼女が、音楽のために高邁な理想を掲げようと、世間は妬みや嫉妬の世界なのです。
こう書くと、彼女の言動に理解を示しているように聞こえるかもしれませんが、彼女にこそ問題があるのです。
それは、「人を見下すこと」です。
自他共に才能がある人間は、人を見下すことから逃れることは至難の業です。
結局のところ彼女は破滅するのですが、その原因はすべて彼女が撒いた種によるものなのです。
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この映画は人によって解釈が異なると思います。
特に最後のシーンは、?????
となるはずです。
落ちぶれた彼女が、よりによってフィリピンに流れ着き、こともあろうにゲーム音楽に手を染めるのです。
そこに、音楽家として彼女の再出発点とプラスに解釈するか?
結局は食うために、彼女はプライドを捨てざるを得なかったとマイナスに解釈するか。
ぼくは、マイナスに解釈します。
彼女は結局、自分の高慢さが原因で、どん底まで落ちてしまったのです。
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彼女はレナード・バーンスタインに憧れて音楽界に入りました。
みなさんご存知だと思いますが、師匠であるバーンスタインは「ゲイ」であったのは公然の秘密です。
ゲイであったバーンスタインは、性差別を問題にされず成功者と評価されています。
しかし、レズビアンである主人公のターは、思いっきり性差別されて世間から排除されました。
この映画は、女性への性差別の根深さを、思いっきり皮肉をこめて伝えることだとぼくは解釈します。
バーンスタインのファンに申し訳ありませんが、バーンスタインもターと同じようなことをしていたのではないかと考えてしまうのです。
★★★★★
蛇足その1.
ターの秘書のフランチェスカ役のノエミ・エルランは【Portrait of Lady on Fire】に主演していて、同じくレズビアンを演じていました。
確か、彼女は映画界を去ったと記憶していましたが、引退したのは共演していたAdèle Haenel の方でした。彼女は実生活でもレズビアンです。
蛇足その2.
新人のチェロ奏者を演じたのはゾフィー・カウアーで、彼女は実際に有望なチェリストなんですね。どうりで演奏が演技とは思えなかったわけです。
