・・・・・・・っということで、昨日見た【スティルウォーター】は作品云々は別として、いろいろ考えさせられる映画でした。
娘が親父に反抗するのはどの国でも同じのようです。
マット・デイモン演じる父親は実際にダメ親父だから娘に嫌われるのです。
ここがぼくと違うところ(と思っているだけ)なのですが、そんなダメ親父がフランスで母娘と知り合い、同居することになるのです。
なぜか娘(小学生低学年くらい)に、なつかれてしまうのです。
最後の別れでは、抱きつかれ大泣きしてしまうくらいに。
自分の娘とは上手くいかなかったのに、どうしてでしょう?
制作者はそこまで意図していたかは別ですが、「言葉が通じなかったから」ではないでしょうか?
一緒に暮らしていく中で、お互いフランス語と英語を少しづつ覚えていきます。
それでも片言です。
実際の父娘では会話に不自由しないのに、通じ過ぎることが却って理解を妨げるのです。
心も通じていると誤解するのです。
母親はかなり達者な英語を話しますが、それでもフランス語と英語の違いに気を遣って会話します。
言葉でうまく伝わらない部分は、無意識に別の方法で補うよう努力するものです。
その方が心と心が通じるという皮肉な現象が起きるのです。