・・・・・・・っということで、日本人は産業構造の変化にうまく適合していないのじゃないかなぁ〜
そもそも日本は農耕社会でした。
それが明治時代になって、工業社会への変革を求められました。
産業革命から出遅れていた日本、その適合能力は驚異的でした。
産業革命は18世紀後半で、明治維新は19世紀後半ですから、ちょうど100年遅れてスタートしたことになります。
日本はあっという間に追いつき、ナンと1940年にはあの戦艦大和を進水させるほどになったのです。
そして敗戦後、モーレツ社員たちは荒廃した日本を復活させました。
そんな日本も、最近勢いがずいぶん衰えてしまいました。
何故でしょう?
日本が明治維新と戦後復興で強みを発揮できたのは、「労働集約型」の産業構造だったからです。
農業も労働集約型です。
日本の教育も、そういった労働集約型に適合した人材を養成することに最適化していました。
・・・・・・・
ITという言葉を初めて聞いたのは、ちょうど森喜朗が総理大臣をしていた頃でした。
彼の任期は2000年の4月から1年間でした。
あの頃「IT革命」が注目されはじめたのです。
森は「イット革命」と言ったのでよく覚えています。
ぼくはあの頃も今も、『IT革命』なるものをよく理解できていないので、森を笑えませんが・・・。
しかし、いま若者がスマフォを見ながら歩く姿を見て、IT革命の何たるかが何となくわかってきました。
若者たちが求めているのはまさに「情報技術:IT(Information Technology」が提供する「情報」だったのです。
日本はこれに乗り遅れました。
何故かというと、IT産業は労働集約型産業ではないのです。
昭和は工業化社会、平成はIT化社会への変革期、そして令和は完全にIT化社会なのです。
Covid-19の流行がそれを明確に示して見せたのは皮肉なことです。
日本は、このパンデミック対策において常に後手後手でした。
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革命とは、それまでの社会システムが通用しなくなるから革命なのです。
ぼくが見るに、日本は革命が起きたことを22年間気付かないまま過ぎていったのです。
なぁ〜に、心配することはありません。
労働集約社会が完成する江戸時代以前に戻ればいいのです。
鎌倉時代から戦国時代にかけて、日本の社会は一騎当千の実力社会だったのです。
日本人ができないはずがありません。