・・・・・・・っということで、ぼくら日本人は、日本がアジアの国として一括りにできないのは何故か、理由を考えなければなりません。
お米こそが日本人を形作ったと認識することが重要なのです。
昔、会田雄次の書いた本に「稲作北限説」とありました。
日本は緯度が高く、稲作をするのはギリギリいっぱいであるとの指摘です。
そもそもお米は、高温多湿の亜熱帯気候で生育する植物です。
マレーシアに行ったとき、刈り入れをしているすぐ隣で田植えをやっているのを見ました。
二毛作なんて当たり前なのです。
まあ、放っておいてもお米が取れる。
しかし緯度の高い日本の気候は、お米にとって涼しすぎるのです。
いや、寒すぎるのです。
江戸時代だけでも享保・天明・天保の三大飢饉(寛永も加えて四大飢饉)が起きていて、天明の飢饉では数万人から数十万人が餓死したといわれています。
日本の歴史は、飢饉の歴史と言っていいくらいです。
収穫に影響するのは、気温だけではありません。
日本は台風の通り道で、さあ収穫だという時にダメになることがしばしばです。
火山の噴火による冷害も頻発します。
しかも、一毛作で収穫のチャンスは年に一回きりなのです。
米は日本人の生命線であって、江戸時代の経済指標が「石高」であったのは、それなりの理由があったのです。
「稲作」こそが日本人のアイデンティティーを決定付けたと言って差し支えないでしょう。
日本人の勤勉さ、個人より集団を優先する気質、礼儀正しさ、手先の器用さ、和を持って尊しとする価値観、出る杭を打つ体質、我慢強さ、長い物には巻かれろ的な妥協の態度・・・。
これら日本人を特徴付けている多くの気質は、稲作由来だと説明できるのです。
表面的には現代の日本において、飢餓に苦しむ人はいないことになっています。
しかし、日本の食糧が輸入頼りである現実に気付くことはとても重要なのです。
安全保障というと、軍事力が先ず頭に浮かびますが、食糧の確保はそれに劣らず重要だと言えるのです。
その証拠に、ウクライナの麦の輸出が止まることがどれほど世界の食糧事情に影響するか、だれも戦争が始まった時に予言できなかったではないですか。
日本人の米離れとか、農業従事者の減少とか言われて久しいですが、今の日本人を形作った米の重要性を、皆が再認識すべきと思います。
普通米と無洗米どっちが好き?
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