・・・・・・・っということで、言葉が心を作るのだろうか?
心が言葉を作るのだろうか?
人は考える時、心の中で言葉を使っている。
・・・本当だろうか。
言葉の前に、感情があるはずではないか。
すると、「考える」と「感情」は必ずしも一致しない。
感情を理解する、あるいは整理するために言葉を使っている。
今ぼくは考えたことを、こうやって言葉に置き換え、さらに文字に表している。
考えたことを正確に伝えるのは難しいが、とりあえず言葉しかないのである。
考える前に感情があるのなら、その感情を言葉で表すのは自ずと限界がある。
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語彙の多い人なら、ぼくのように少ない人よりもっと上手く、考えや感情を表現できるだろう。
全く羨ましい限りである。
語彙の多さは、教養が高いことでもある。
教養の高い人が尊ばれるのは、凡人が表せない気持ちや知識を伝えられるからだろう。
じゃあ、言葉を自由自在に使える人は、そうではない人間より上等な人間なのであろうか。
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子供である。
子供は語彙数が圧倒的に少ない。
だからといって子供は大人より感情が少ないと思うのは間違いである。
感情はほとんど大人と変わらない。
だが、その感情を伝えるスキルがないだけである。
だから、ときに言葉の代わりに叫びを用いるのである。
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子供の叫びを理解することは、とても難しい。
心の叫びを理解するのはさらに難しい。
大人は、そのことに細心の注意を払わなければならない。