続日本百名城【大内氏館】 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、ついに最後の城跡です。

 

今回の旅行の15番目ですね。

 

実は続日本百名城では、この大内氏館と高峯城とセットだったのです。

 

予定外の訪問でしたので、見落としてしまいました。

 

まあ、また来る機会もあるでしょう。

 

何事も完璧にしないのが旅行のミソです。

 

また来る楽しみがありますからね。負け惜しみ。(^^ゞ

 

高嶺城は大内館の詰城(逃げ込む城ですね)だったのです。

 

地理的に山口から津和野→島根県の日本海に抜ける街道上の山口県側にあります。

 

 

解説文を読んでいただければわかるのですが、不穏な京都を逃れた公家たちが大内氏を頼ってやって来たのです。

 

大内氏は海外貿易で利益を上げたそうです。

 

当時の威勢は京都を凌ぐと言われていたそうです。

 
 
 
31代目は不運にも重臣の一人に殺害され、大内氏は滅ぼされてしまいます。
 
1551年のことでした。
 
そのとき彼が詠んだ辞世の句。↓
 
 
↓意味が書いてあります。人生の無情を感じますね。
 
 
その重臣は後に毛利氏によって滅ぼされます。
 
その毛利氏が大内氏を弔った、供養塔です。↓
 
 
当時の壮大な栄華は偲ぶことはできませんが、庭園の池がかろうじて残っています。
 
 
これにて4泊5日の旅行は終了です。
 
・・・・・・・
 
続日本100名城も残すところ5箇所です。
 
県でいえば、鳥取、島根、広島です。
 
そのうち2箇所はかなり厳しい難所です。
 
夏の蚊が出る前にクリアーしたいと思っています。(^^)/