・・・・・・・っということで、倭寇の原因は、当初は元寇に対する復讐が動機だったと思いますが、そこは非正規軍、途中から海賊としての性格が強く出てくるようになります。
略奪は儲かるし、面白い。
朝鮮半島のみならず、中国沿岸まで襲うようになります。
勢力を伸ばせたのは、朝鮮と中国の政治事情によるものと思われます。
朝鮮は高麗が滅び、李氏王朝に政権が移ります。
中国は元から明に移るタイミングです。
特に高麗は、倭寇が原因となって滅びたとまで言われています。
要するに、敵となる連中の統制が取れていなかった。
その証拠に、倭寇に加わる朝鮮人や中国人が増えていったのです。
後期倭寇は、日本人の割合が30%以下だったとされています。
(2)で触れた「応永の外寇(1419年)」は、李王朝が倭寇を殲滅するため威信をかけて、対馬に軍隊を送り込んだのです。
結果は見事に返り討ちに遭って、朝鮮は対馬に対して朝貢を続けるハメになったのです。
ぼくの記憶では、この朝貢は戦前まで続けられていたそうです。
例によって韓国では、この戦いで負けたとは歴史教科書には書かれていません。
だって1/30の軍勢に負けたなんて、恥ずかしくて言えませんよね。
ましてや朝貢していたなんてねえ。
間違いなく朝鮮の意図は対馬占領で、倭寇征伐は口実にすぎません。
李氏朝鮮の太宗の「対馬の島たる、本これ我国の地」との発言が記録に残っています。
竹島は不法占拠されていますがね。
朝鮮民族と付き合う上で、日本人はこういう歴史をきちんと知っておく必要があります。
・・・つづく。