・・・・・・・っということで、ちょっと長くなりましたが、最後は簡単にまとめます。
前期倭寇は明と室町幕府の間で貿易協定ができ、下火になっていきました。
後期倭寇は明の解禁政策によって活動を制限され、不満を持っていた中国人の私貿易の従事者ですから、テーマとして重要度は低いでしょう。
それでも日本人が加わっていたのですから、日本人の戦闘能力は高かったのでしょう。
ご存じの通り、1588年に豊臣秀吉が倭寇取締令を発令するまで続きました。
ちなみに倭寇の「寇」は、侵略という意味だそうです。
朝鮮人にとっては、朝鮮出兵も日韓併合も「倭寇」であって、日本を蔑視する表現だそうです。
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奇しくも今回の壱岐・対馬旅行で倭寇について考える機会が持てました。
最初に書いたとおり、旅行のあとで勉強しても遅くはありません。
対馬には何もないなんて書きましたが、訂正しなければならないでしょう。(^^ゞ
彼らのお陰で、現在の「日本の形」があるのです。
以上、このシリーズ終わり。