・・・・・・・っということで、堺屋太一氏が亡くなりましたね。
83歳だったそうだ。
彼の書籍はかなり読んだ方だったけれど、あまり印象に残っていませんね。
売れるだろう本の題名をつけるセンスがあった気がします。
彼が生んだ言葉に「団塊の世代」があります。
彼自身は昭和10年生まれですから、団塊の世代より前の世代ですね。
団塊の世代は現在70~72歳ですから、漸く第一線から引退した世代となりますね。
彼らが日本の社会、歴史、経済に及ぼした影響は、過小評価すべきではないでしょう。
何たって戦後のベビーブーマーですから、同一年齢の人口が多い。
ですから、影響力が大きい。
数は力なりなのです。
ぼくは彼らのちょっと後の年代なので、常に先輩として君臨していました。
連中は、概して競争心が強い。
俺が俺がの世界でしたね。
だから、やたら(根拠のない?)自信家が多かった。
何といっても彼らは、学生運動で名を馳せた世代です。
っということはイデオロギー大好き人間です。
学生時代はさんざん体制批判を繰り返していたのが、卒業してネクタイを締めて体制側になったらどうなるか興味を持って見られた世代でもあります。
どうなったか。彼らはモーレツ社員になったのです。
高度経済成長を牽引してきたのは彼らの功績と評価すべきでしょう。
彼らが与えた日本社会への影響は、功罪合い半ばすると言えるでしょう。
功罪の罪のほうを考えてみます。
ぼくが思うに、日本人が育んできた精神文化の流れを断絶させた世代じゃないかと。
江戸時代→明治時代→大正時代→昭和初期と日本の精神文化は正しくバトンタッチされてきた。
ぼくは、三島由紀夫までは繋がっていたと思うんです。
しかし、戦後世代である彼らはきちんと受け継いだとは言えないんじゃないか。
原因は敗戦のためでしょう。
アクの強いアメリカ文化に目が眩んだせいでしょう。
しかし、きちんと受け止められなかったことは確かなことで、言い訳は通用しないでしょう。
もちろん文学だけじゃありません。
大きく日本の伝統というものに興味を向けなかった。
今ある日本人は誰でも歴史の連続性の延長線上に立っているものです。
しかし、それが断絶してしまった。
その不連続箇所にあるのが彼ら団塊の世代なのです。
彼らの存在が大きかっただけに、彼らが退場したときに様々な悪影響が現れてくる。
そういう視点に立つと、今日本がオカシくなっていることの説明がつくのじゃないでしょうか。