ジャーナリストという人種 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、何度も書いたけど、ぼくは1970年代後半の2年間イラクで仕事をしていました。

その間、一度も日本に帰国しませんでした。

途中イラクを2度出国し、アテネとカイロに行きました。

先ずしたことなんだと思います?

そう、日本食レストランに飛び込んだのです。(^^)/

・・・・・・・

3年間人質になっていた日本人ジャーナリストが帰ってくる。

日本人の誰もが彼の生存を少なからず心配していたくせに、帰ってきた途端、彼へのバッシングが噴出する。

過去の例がそうだからだ。

曰く、自己責任だ。

曰く、素人同然の日本人ジャーナリストが危険に見合うニュースなんて取れるはずがないじゃないか。

曰く、税金を返せだ。

曰く、二度も人質になるなんて、手記を書いて儲けたかっただけじゃないの?

ぼくもそう思う。

しかし同時に、どれほど精神的、肉体的ダメージを受けたかを想像することもできる。

・・・・・・・

ぼくがイラクにいた同じ時期、クウェートで経理の仕事をしていた同僚がいました。

職務上、銀行に行く機会が多かったのですが、行く度に銀行員の男どもから色目を使われたそうです。

彼は小柄で色白だったからでしょう。

慌てて彼は髭を生やすことにしたそうです。

あまり知られていませんが、中東はそういう世界です。

街角で男同士が手を繋いで歩く光景をよく見かけます。

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まあ、ジャーナリストですから、帰国の会見に応じない訳にはいかないでしょう。

聞きたいことは山ほどあるでしょうが、彼が落ち着くまで追いかけ回さないでほしい。

彼自身のためにも、余計なことを話さないほうがいい。

とにもかくにも、日本食を思う存分食わせてやってください。(^ω^)

ほとぼりが覚めた頃、手記を出版するくらいがちょうど良いのでは?

・・・・・・・

奇しくも、ジャーナリストが主役になる事件が起きた。

一人は殺害され、一人は生還した。

舞台は同じアラブ圏。

二人とも命を危険に晒すことを厭わないジャーナリスト。

ある意味困った人種であり、ある意味必要な人種。