その間、一度も日本に帰国しませんでした。
途中イラクを2度出国し、アテネとカイロに行きました。
先ずしたことなんだと思います?
そう、日本食レストランに飛び込んだのです。(^^)/
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3年間人質になっていた日本人ジャーナリストが帰ってくる。
日本人の誰もが彼の生存を少なからず心配していたくせに、帰ってきた途端、彼へのバッシングが噴出する。
過去の例がそうだからだ。
曰く、自己責任だ。
曰く、素人同然の日本人ジャーナリストが危険に見合うニュースなんて取れるはずがないじゃないか。
曰く、税金を返せだ。
曰く、二度も人質になるなんて、手記を書いて儲けたかっただけじゃないの?
ぼくもそう思う。
しかし同時に、どれほど精神的、肉体的ダメージを受けたかを想像することもできる。
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ぼくがイラクにいた同じ時期、クウェートで経理の仕事をしていた同僚がいました。
職務上、銀行に行く機会が多かったのですが、行く度に銀行員の男どもから色目を使われたそうです。
彼は小柄で色白だったからでしょう。
慌てて彼は髭を生やすことにしたそうです。
あまり知られていませんが、中東はそういう世界です。
街角で男同士が手を繋いで歩く光景をよく見かけます。
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まあ、ジャーナリストですから、帰国の会見に応じない訳にはいかないでしょう。
聞きたいことは山ほどあるでしょうが、彼が落ち着くまで追いかけ回さないでほしい。
彼自身のためにも、余計なことを話さないほうがいい。
とにもかくにも、日本食を思う存分食わせてやってください。(^ω^)
ほとぼりが覚めた頃、手記を出版するくらいがちょうど良いのでは?
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奇しくも、ジャーナリストが主役になる事件が起きた。
一人は殺害され、一人は生還した。
舞台は同じアラブ圏。
二人とも命を危険に晒すことを厭わないジャーナリスト。
ある意味困った人種であり、ある意味必要な人種。