・・・・・・っということで、いつもは列車で通り過ぎるだけだった関が原に、ついにやって来ました。(^O^)/
ヘンな場所に駐車してしまい、ここはどこ?ってな状況に陥りました。
トランクから折りたたみ自転車を出して、いよいよ関が原探索です。
軽トラックに乗っていたオジサンに関が原の駅はどこですか?と聞いたら、かなり西の外れいにいることが分かりました。
とにかく駅へ行けば、地図くらいは置いてあるだろうという発想です。
関が原は大きな盆地です。
【関が原は町全体が古戦場】というキャッチコピーがあちこちに掲げてあります。
なかなか上手いコピーだと感じました。
実際そうなんですから。
街中に案内標識が数多く立っています。
駅に向かう途中、コチラが石田三成の本陣という標識があり、そちらへ向かう。
遠目には、人形だと思いました。↓
しかし、近づくと指先や地下足袋はどう見ても人間のもの。
じっと動かないパフォーマンスだったのです。
しかし、動かないなぁ~~
観光客たちが一緒に写真に納まっています。
最後まで人間だと気付かない人もいます。
この黒ずくめの鎧を着て、炎天下立ち続けるのです。
駐車場の誘導員に聞いたら、30分おきに休むみたいです。^m^
そんなことはどうでもいいので、背後の丘に登ります。
今日はほんとに山登りが多いな。
結論を言えば、関が原はここさえ見ればほとんど分かります。
そこにある説明写真がとてもよく出来ていて、戦場の様子をよく理解することが出来ます。
そっか、あっちの道から徳川勢が進軍して陣地を構え、こちらはこうやって迎え撃ったのか。
あそこが、憎っくき小早川が陣を張って、あそこから裏切り行動をとったのか。
手に取るように分かります。
そう、戦場全体が手に取るように分かるのです。
関が原におけるベストポジションに石田三成は陣を構えたのです。
やっぱ、優秀な人間だったんですね。
ここさえ取っておけば、勝利間違いなし。ぁ
ぼくは、広範囲に戦闘が行われたと思っていたのですが、案外狭い平坦な場所で戦われたのですね。
農地の中央やや左にある林が見えますかね。↓
ここが決戦地の中心です。
その決戦地がココ。↓
歴史好きが数多く集まっています。
鎧のコスプレした職員が最近は観光バスも多く乗り付けてきて、やっぱ映画の影響でしょうかねぇ~
と言っていました。
そっかぁ~~~【関が原】という映画が公開されているんですね。
↓中央やや左の低い丘が石田三成の本陣です。
標識に従って走り回っていれば、主だった箇所は大体見ることが出来ます。
立派な郷土館があり、遅まきながらそこで案内地図を入手します。
↓首塚のひとつです。
なんか、怨念を感じたので、手を合わせておきました。
ココが家康の陣地跡です。↓
圧倒的な不利な地形なのに、何で勝利したのでしょうね。
流石に戦巧者の本領発揮ですね。
↓ココが開戦地だそうです。
さて、実際に訪れてみると、何で西軍側が負けたのか、考えざるを得なくなります。
布陣を見ると、素人の目でさえ西軍が有利なのが明白です。
関が原の戦いの推移は皆さんのほうが詳しいと思いますので、ここでは書きません。
先に布陣して待ち構える敵に対して、平然と進軍してきた家康。
勝利を確信していた石田三成。
裏切りが結果を左右したのは、現代のぼくらは知っているのだけれど、なんかそれだけじゃない、超人間的な要素が働いたとしか思えないのです。
諜略戦で家康のほうが遥かに上回っていたのは事実です。
しかし、眼下に広がる古戦場を眺めていると、そういったものとは別の、
なんというか、歴史の必然性というか、
人知の及ばない何か大きな要素があるような気がするのです。
関が原は町全体がテーマパークのようで楽しい場所です。
興味がない人も、一度は訪れてみる価値があるでしょう。(^^♪










