・・・・・・っということで、有名な姉川の合戦。
正直、ぼくは名前以外知らなかった。
とにかく有名だから一度見ておこう・・・ってな動機がぼくの旅行には多い。
古戦場って基本的になぁ~~~んにもありません。
超有名な川中島の戦いだって、記念の銅像や碑がなければ単なる川とその中州だけです。
姉川も、この碑と説明看板が立っていなければなぁ~~~~~~~にもありません。
それでも、ぼくが車を止めている間、3組の訪問者がありました。
彼らは、ぼくと違って歴史に詳しいのだろうなぁ。
姉川の合戦は、信長が上洛を果たしたものの、軟弱な基盤を固めていく流れのなかで起きたものです。
織田・徳川連合軍vs浅井・朝倉連合軍の戦いです。
かなりの激戦だったらしく、川が血で染まったといわれています。
近江地方を押さえることは、京都、ひいては全国を支配する上で必須の地域です。
ですから、琵琶湖周辺には安土城を始め多くの城が建設され、多くの合戦が起きています。
その近江の有力者のひとりが浅井長政です。
信長はその人物の重要性を熟知していて、自分の妹のお市の方を嫁入りさせます。
お市の方については皆さんのほうが良く知っているでしょう。
ところが、浅井は越前の朝倉とも友好関係を結んでいたので、信長を裏切ってしまいます。
そんなこんなの関係で起きた戦いです。
後に徳川家康が織田側に加わって、姉川で浅井・朝倉軍を破ります。
・・・・・・・ってな後知恵を仕入れて、知ったかぶりで書いています。(^^ゞ
実際に古戦場に立ってみると、なんとも釈然としない風景です。
姉川を挟んで両軍は対峙して戦ったとされているのに、肝心の姉川が結構川幅があるんです。
川を渡って戦う?川を渡ってきた敵と戦う?川の中で戦うのいずれかでしょ?
なんかピンと来ませんね。
ちなみに、現在架かっているコンクリート橋は老朽化して渡れません。


