・・・・・・っということで、今日は充実していました。
前回、アクシデントで目前に引き返してしまった安土城。
ようやく登ることが出来ました。
8時半の開園(?)を知らずに7時半に着いてしまい、1時間待ち。
そもそも、有料であることさえ知りませんでした。
700円も取られます。
こういう史跡に入場料を取ること自体、ぼくは反対です。
大反対です。
国民の共有財産でしょ?
維持費がかかることはよく分かる。
だけれども、その費用は各自治体、各県、国家が負担すべきじゃないだろうか。
例えばロンドンの英国博物館、入場料はフリーであり、各自の気持ちでお金を寄付します。
苦しい予算でも、こういう歴史的財産はカットすべき順位は最後のほうであって欲しい。
日本人としてのプライドってなもんだろう。
・・・・・・・
さて、案内の看板には「入山者はこちら」と書いてあります。
入山???
その意味が分かりました。
↓こんな石段と坂が延々と続きます。
登山に近いです。(-_-;)
今日は快晴で、直射日光が強烈です。
もう、汗が半端なく噴出します。
面白かったのがこの仏足。↓
普通に石垣の中から出てきたそうです。
単なる石材としか見ていなかったのです。
なんたる罰当たりでしょうが、なんか、織田信長らしいなと思いました。
↓本丸跡。
実際はコレの2倍ほどの大きさがあったそうです。
完成後、たった3年で焼失してしまいました。
遥か琵琶湖が望めます。↓
この城は単なる城ではありません。
「天下布武」を高らかに謳った、信長として会心のシンボルなのです。
いわば、日本の中心であるとした城です。
明智光秀が信長を討ち取って、先ずここに入城したのは、そういう意味があったのです。
こうして頂上から眺めると、単なる琵琶湖の近くにある「山城」としか見えませんが、当時の琵琶湖の水位は現在より高く、城の麓は湖水で囲まれていたそうです。
秀吉が祭った信長公本廟。↓
盛大に法要をしたそうです。
↓三重塔。
コレはオリジナルですが、なんか手入れがいい加減な印象を受けました。
↓仁王門。
どうも、コチラが当時の登城ルートらしいです。
安土城は城山全体が大きく、ちょっとした登山の気分にさせられますが、当時の人たちの健脚ぶりにはいつも驚かされます。
その城山の大きさ故か、いわゆる石垣の上に築かれた城というイメージとは異なり、石垣はそれほど残っていませんでした。
琵琶湖周辺はとても戦略価値の高い地域です。
コレについては後述したいと思っていますが、安土城は京都に通じる街道や流通の要所に位置しています。
当たり前なんでしょうが、信長の戦略眼は確かだったことが判ります。










