
1865年信徒発見。
1897年にド・ロ神父が教会建設を提案。
途中中断があるも、
1920年に竣工と書いてあります。↓

この時読んでもピンと来ませんでしたが、村を巡るに連れだんだんと分かってきました。
キーワードは「信徒発見」と「ド・ロ神父」です。

何故か教会内部は撮影禁止です。

幕末に鎖国が解かれ、かつての布教の中心であった長崎はどうなっただろう?
海外の司祭たちの最大の関心事だったのは容易に想像がつきます。
だって、250年も信者達は置き去りにされたのですから。
そもそも信者がいるのか?
生きてたぞっ!
しかも、信仰は続いていたのである。
まるで横井庄一がジャンルから発見されたような驚きだったのです。
ですから、「信徒発見」なのです。
真っ先にやって来た司祭がミサを250年ぶりに行います。
隠れキリシタン達はどのような思いだったことでしょう。
明治8年?になってようやくキリスト教が公認されます。
フランスからド・ロという貴族出身の裕福な神父が、はるばるこの小さな地区にやって来て、生涯ここで暮らします。
信じられます?
一度も帰国せずに一生を捧げたのですよ。
キリスト教の不可思議なパワーを感じざるを得ません。
村人達がレンガを一つ一つ積み重ね、23年の歳月をかけて完成したのです。
何代にも渡って息を潜めながら隠れ住んでいた信徒たちの喜びを想像してみるべきでしょう。