ある聖職者との対話(その2) | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
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・・・・・・っということで、キリスト教が他の宗教と違う点は、神は人間を愛しているということである。

その他の宗教では、神は畏れ多いものであり、どちらかというと「恐い」対象である。

なのに、キリストは「愛」を説く。

そこがユニークな点なのである。

キリスト教では神の愛を「アガペー」と称している。

恐い神が人間を愛しているなんて発想は、もの凄い発明である。

キリストの行動を見ても、如何に彼が人間を愛していたかが分かる。

愚かな人間をこれだけ愛すことができるアガペーのスゴさよ。

だけれども、ぼくはそのアガペーなるものがよく分からない。

結局のところ、「母性愛」とどう違うのか。

アガペーは母性愛以上の愛なのだろうか?

・・・・・・

こういう疑問を持って、その聖職者に質問してみた。

特にカトリックは聖母マリアを崇める。

もちろんマリアは一般人であって、決して神ではない。

なのに、マリア崇拝はキリスト教の中にあって、神に負けない確固たる地位を築いている。

実は、信者にとってキリスト教よりマリアのほうがより親しみが持てるからではないだろうか。

キリストは「奇跡」をもって神の存在を証明しようとしている。

そんな奇跡を利用しなくても、母性愛と説明されるほうがずっとずぅ~っと一般民衆には分かりやすいのではないか。

・・・・・・

ぼくの質問の裏には、もっと大きな疑問が潜んでいる。

それは、何で神は「男性」なのかという疑問である。

誰もが気付いていて、誰も遠慮して口にしない事実。

神は「父と子」といわれるように、「父性」であることが前提なのである。

イスラム教はもっとはっきりしている。

神は男であること以外を想定していないのである。

・・・・・・

オカシイでしょ?

実にオカシイ。

父性のほうが母性より上等なのだろうか?

アガペーっていったい何なのだろう・・・



その聖職者に質問したかったのはこういうことだったのだけれど、そこまで説明する時間も、相手が理解する時間もなかったのがとても残念です。