・・・・・・っということで、ぼくのような意見を持つ者がマイノリティーに分類されてしまうのだろう。
LGBTのうちTなら理解できる。
いや、理解できていないかもしれないが、Tの彼等、彼女らの心の苦しみは分かる気がする。
本当にツライことだろう。
だが、それ以外は性的興奮の延長線上にあるじゃないか。
この意見、間違っていますか?
馬鹿だねぇ~
男女の関係だって、性欲の延長そのものじゃないか?
自ら墓穴を掘ったね、ハハハ・・・
・・・・・・
それでもぼくは反論を試みる。
だって、それは神の摂理に反しているではないか・・・と。
すると、この同性婚の問題は勢い宗教の領域に踏み込まざるを得なくなる。
結局はそこかよ?
神の話になるんかよ?
・・・っとなる。
普段から無神論者を自認しているぼくが、神を論拠にするんかよ?
・・・と笑われるのがオチである。
まさしくアメリカでの議論も宗教解釈に収斂されたと聞く。
だから、結婚こそ愛の最終形などという文学的に最高裁判決文になったのだ。
・・・続く。