古事記と日本書紀 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、ぼくが使った参考書の一つの扉書きにこう書いてあったのです:

「左翼的な歴史観も右翼的な歴史観も、ともに陥っている感情的、思想的な解釈をやめ・・・」

・・・と。

古代史を勉強するのに、左翼右翼って言葉がまったくピンときませんでした。

すこしずつ齧っていくうちに、それは「古事記」と「日本書紀」が古代史に大きな影響を及ぼしていることなんだと気付きました。

これからは両方を合わせて「記紀」と呼ぶことにします。

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前々回書いたように、天皇をトップとする中央政権はダブルスタンダードでした。

天皇はあくまでも神と直結していて、どんなに時代が進もうとも誰もその世襲に疑問を挟まれないようにして、政治を司る人たちには能力主義を優先し、世襲を禁じていたのです。

天皇にとって、神と直結していることを是が非でも証明する証拠を造らなければなりません。

武力を背景にした実力者の天武天皇が記紀を編纂するよう命じたのは、当然と言えば当然でしょう。

だって、武力の有効性を彼が一番理解していたのですから。

稗田阿礼が暗証していたものを安麻呂が書き写したのが古事記です。(681年)

神道には教典がないと書きましたが、記紀こそがその代役を果たしているのです。

記紀が示す所は、「万世一系」です。

神の代から、天皇が日本国を支配するのは当然だとする教えです。

勿論、記紀のベースになっているものは、各地にあった神話・民話および言い伝えの類だったに違いありません。

天武天皇以前に、天皇支配の正統性を記録で残すべきだと気付いた人がいます。

それは聖徳太子とされています。

「天皇記」と「国記」という歴史書を蘇我馬子と共同で編纂したのです。

ところが大化の改新のクーデターで、蘇我氏とともに焼失したとされています。(645年)

いずれにせよ天皇家にとって、一族の正統性を示す根拠はとても重要だったのです。

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ホンマかいな?

・・・と、だれでも疑問を持つでしょう。

だって、縄文人を駆逐したのが弥生人だったからです。
(それは、DNAで証明されているのです。)

その弥生人は大半が朝鮮半島を経由して日本に渡ってきた人々です。

日本人が純血種であるはずがない。

DNA判定をせずとも、そんなことは誰でも知っていることでしょ?

ましてや、天皇だけが純血種であるはずがない。

初代天皇である神武天皇は実在していたかは分かりません。

その神武天皇は、九州から大和に向かって東征したとされています。

まさしく、朝鮮半島から侵入してきた「渡来人=弥生人」が原住民である縄文人を東に向かって駆逐していったことを物語っています。

さらに、熊襲・蝦夷平定のヤマトタケルは、より武人としての性格が強く描かれています。

明らかに、優秀な鉄製の武器を備えた渡来人が武力によって制圧していったと考えられます。

高天原に天から降り立ったのではなく、天皇家は朝鮮経由で侵攻してきたと考えるのが筋でしょう。

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この点こそが右翼の人々が気に入らない点なのでしょう。

だって、変な言い方をすると、天皇は朝鮮人だったとなる可能性が高いからです。
(勿論当時は朝鮮なんて国はありませんでしたよ)

ぼくら日本人のルーツが外国から侵入してきた弥生人なのですから、天皇だけは違うなんて考えるほうが不自然です。

4世紀の応神天皇は半島から渡ってきた騎馬民族の王である可能性がとても高いのです。

彼は地元の有力部族を引き連れて日本に渡ってきたと考えられています。

彼は巨大な前方後円墳に埋葬されていることでも知られていますね。

さらに、蘇我氏も渡来人であった可能性がとても高いのです。

ならば、蘇我氏との混血である聖徳太子も、純血である筈がないですね。

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天皇のルーツがこのように、武力を背景にした渡来人であり、その中でもかなり強力な部族であったことは間違いないでしょう。

だからこそ、大和朝廷のトップに据わることが出来たと考えて間違いないでしょう。

彼らは祭事を司る役目を持っていました。

ぼくは、シャーマンであった卑弥呼は、天皇家と繋がっているんじゃないかと想像しているんですが、残念ながら証拠はありませんね。

将来、卑弥呼の墓が発見され、DNAが解読されれば、新たな発展があるはずですがね。

天皇家の賢いところは、この祭事権を握ったことであり、そこから神との繋がりを主張して自分たちの家系は永遠に不可侵だとするアイデアを思いついたことでしょう。

まさしく、天武天皇なしには、いまの天皇制は存在しなかったのです。

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そんなことは、太平洋戦争以前の人たちは知っていたに違いないのです。

天皇を利用するほうが納まりが良いと考えていたのです。

象徴としての天皇はあるけれど、実際の権力はその時代の為政者が持つというダブルスタンダードは、イギリスが発明するずっと以前から日本で行われていたことに驚くべきでしょう。

勿論、それを断ち切ろうとした人物もいました。

ぼくは、織田信長がその人だったと信じています。

太平洋戦争を遂行するために行った天皇の神格化教育は、ぼくら日本人にとっても、天皇家にとってもとても不幸なことでしたね。

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おっと、話が逸れそうになったので、一応止めておきます。

次は、いよいよ武士の登場にしましょうかね。

・・・つづく。