・・・・・・っということで、弥生人が縄文人を駆逐して卑弥呼が登場するまでが弥生時代。(紀元前300年~紀元300年)
たぶん鉄製の武器がそれを可能にしたとぼくは考えています。
すると鉄の歴史に俄然興味が湧いてきますね。
弥生時代の鉄は、直接日本に持ち込まれたものか、鉄の素材(それが鉄鉱石なのか、スラグなのかは勉強不足で分かりません。)を加工するだけでした。
ところが、5世紀半から6世紀を境に大きく変化します。
それは、自分たちで製鉄するようになったのです。
これはちょうど古墳時代に重なります。(500年から600年)
理由としては、400年頃に高句麗との戦いに負けて素材が入手しにくくなったからかも知れません。
鉄を自給自足できるようになって、豪族たちの権力が絶対的になったと考えてもおかしくないでしょう。
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日本の製鉄というと、「たたら製鉄」が先ず思い浮かびますね。
この製鉄方法はかなり日本のオリジナルに近く、中国の製鉄方法とは異なります。
流石に歴史の長い中国は製鉄法においても最先端の技術を持っていました。
それは「高炉」を使うもので、非常な高温で鉄鉱石から鉄を分離する方法です。
ところが、日本のたたら製鉄は木炭を使った、比較的低温の炉を使います。
さらに、鉄鉱石よりも「砂鉄」を用いるのが主です。
なぜ、中国の技術を導入しなかったのか不思議ですね。(極秘扱いにしていた?)
火山国である日本は良質の砂鉄が豊富だったことと、森林が豊かだったからでしょう。
ちなみに、たたら製鉄は1回で約12トン生産できるそうですが、そのために必要な木炭の量は、なんと森林面積は約1ヘクタール分が必要だったそうです。
1ヘクタールは10,000㎡、即ち100m×100mの森林が毎回消えていったことになります。
ちょっと話が逸れますが、1回当たりの工程に3昼夜(70時間)を要したということですから驚きです。
アニメの「もののけ姫」を思い出しますね。
宮崎氏はたたら製鉄の森林破壊と、ふいごを3昼夜踏み続ける労働をテーマにしたのです。
尤も、時代考証は相当な出鱈目だそうです。
たたら製法は物凄く非効率だと分かりますね。
でも、その手間がかかり微妙な製造技術を要する点が如何にも日本らしいと感じます。
そして、世界に類を見ない日本刀が生まれたのです。
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たたら製鉄は主に山陽・山陰地方で行われていました。
砂鉄が産出することと、豊かな森林がバックにあったからでしょう。
島根県安木市の「和鋼博物館」はぜひ行ってみたいですね。
ちなみに、出雲周辺の荒神谷遺跡などでは銅鐸や銅剣が多数見つかって、青銅製品の一大生産地だったことが分かっていて、製鉄の技術が発展しやすい素地があったのでしょう。
鉄を自主生産することで、大和政権がますます国家としての自覚が目覚めたと言ってもいいのではないでしょうか。
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次は、鉄と並ぶ重要な要素「馬」について書いてみようと思います。
・・・つづく。