・・・・・・っということで、武士を理解するにはずっと歴史を遡らなくちゃならないのです。
縄文、弥生時代で重要なのは、稲作の浸透です。
木の実や魚や鳥や動物を採る狩猟生活から定着する生活スタイルに変化した。
稲作を実行するためには、共同作業が必要になる。
多くの人々をまとめるには、リーダーが必要になる。
上手くいく共同体とそうでない共同体が出るのはアタリマエ。
上手くいくほうに共同体は吸収され大きくなる。
いわゆる豪族が各地に点在することになる。
大きくなった豪族同士は必ず衝突するようになる。
【後漢書】にはこの頃、倭の国は全国的な内乱状態だったと書かれています。
それを統一(?)したのが卑弥呼とされていますね。
でも、卑弥呼は武力を背景にした戦上手の女性だったのでしょうか?
違うんですね。
卑弥呼はシャーマンだったのですね。
要するに、神の宣託を受ける巫女なんですね。
ここに、日本の独自性を感じるのです。
ぼくは巫女が武力を持った豪族たちを支配できるなんて考えないのです。
逆であるはずです。
各豪族の妥協の産物として、巫女を象徴に仕立てたに違いないのです。
どうして妥協したのでしょうか?
それは、まとまる必要があったのです。
なぜまとまる必要があったのでしょうか。
殺し合いに飽きたから?
それもあるかも知れませんが、妥協するほうが得だったのじゃないでしょうか。
・・・・・・
この時代、日本には文字が普及していなかったので、邪馬台国がどこにあったかも分かっていません。
邪馬台国は原始的な国なんじゃないかと思いがちですが、ぼくはそうは思いません。
卑弥呼を祭って、一つにまとまったほうが得だと政治判断が出来るくらい、高度な社会だったはずです。
ぼくは、このカギは「貿易」じゃないかと睨んでいます。
つづく。