・・・・・・っということで、「元寇」にはずっと興味がありました。
実は、学生時代、授業で日本史の元の時代に入るのがイヤでたまらなかった。
「元が攻めてくるぅ~~~」・・・ってね。
まあ、そんなことはドォ~でもいいことで、元寇に関してずっと不可解に思っていたことがありました。
それは、
元は日本に2度攻めてきたけれど、2度とも神風=台風が来て、元の軍隊は海の藻屑となった。
という記述です。
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これって、日本人の誰にでも刷り込まれた事実ですよね?
日本がヤバくなった時、神風が吹いて助けてくれる=日本は神国だから。
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これって、オカシイでしょ?
この疑問を抱えたまま、この歳になってしまった。
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元寇は2度ありました。
最初は「文永の役」で1274年11月11日-26日
2度目は「公安の役」で1281年6月16日-8月29日
です。
これでピンと来る人はぼくのお友達。
文永の役はたった6日間なんです。
実際に本土(博多)で行われた戦いは1日だけなのです。
それに比べ、公安の役では前後3ヶ月近く行われているんですネ。
So,What?ですよね。
そういう疑問さえも湧かない人もいるでしょうが。
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まず最初の文永の役。
元軍は上陸して最初は日本軍に散々痛めつけられたけれど、攻撃に耐えたあと彼らは日本軍が想定していた以上に内陸に侵攻するんですね。
戦争する時は、奥さんとか子供を疎開させてからするもんです。
なのに、想定外に元軍が侵攻してきて、家族が殺されたり奴隷にされたりしちゃうんですね。
この緒戦の結果を聞けば日本軍の負けなんですね。
でも、実際に元軍がとった行動は船に乗って沖に引き返すんです。
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これって、オカシイでしょ?
上陸作戦を行った後、海上に引き上げるって。
あり得ないですよね。
常識外の行動ですよね。
もし、元軍が勝っていたとすれば・・・・
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そう、元軍は負けて船に乗って逃げていったのです。
勝っていれば、占領地に橋頭堡を築いていたはずです。
それを放棄して海上に移動する訳がない。
海上に移動したのは、陸戦で負けに負け、追い落とされたと考えざるを得ない。
そこに、風が吹いてきて船が難破した。
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これを神風と言えますか?
文永の役は11月ですぜ。
台風なんか来るワケがない。
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そう、日本軍は神風のおかげなんかじゃなくて、正々堂々と戦って勝ったのです。
元は逃げ帰る途中、運悪く強風によって壊滅したのです。
次の公安の役を見てみましょう。
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こういう話題ってツマラナイでしょうね?
でも、ぼくはモノスッゴク興味があるんだから書きますよ。(^o^)丿