・・・・・・っということで、いまの子供たちは当たり前のことでも、ぼくらの時代は当たり前じゃなかった。
朝起きてTVを点けると大画面で緻密な画像が現れる。
世界中の出来事がリアルタイムで見ることができる。
ぼくらの時代、真空管式のブラウン管だった。
カラーTVなんて夢のまた夢だった。
いつの間にか「チャンネルを回せ」という言葉は死語になった。
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家にはパソコンが一人一台以上ある。
故障もしてないのに、ただ時代遅れだけという理由で他にも何台か埃をかぶったままである。
ぼくらの時代、パソコンを家庭に置くなど夢のまた夢だった。
当時25万円もしたパソコンはネットにも繋がらず、USB端子も付いておらず、データを保存するのはフロッピーディスクだけだった。
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今は、デジタルカメラは当たり前で、自宅でいくらでもプリントできる。
当時1眼レフカメラは高嶺の花で、一部のマニアが自宅に暗室を作って現像していた。
デジタルカメラが出てきたばかりのとき、専門家がいくら技術が進んでも何百万画素相当のフィルム式カメラには絶対に追いつかないと堂々と言っていたものである。
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スマフォはスタートレックの世界だけだと思っていた。
水洗トイレは当たり前で、いまじゃウォシュレットが付いていないと嫌だ。
昔は火鉢やコタツだったけれど、いまは部屋全体を暖めないと気が済まない。
蛇口をひねれば温水が出てきて、冷蔵庫から出してレンジでチンすれば数分で朝食の準備は完了する。
正確無比の時計はそこらじゅうにオマケのように付いている。
電車はそれほど待たずに何本でもやってくるし、足が浮くほどのすし詰め状態になることもない。
まさしく下駄代わりに自家用車を使い、最後に路線バスに乗ったのはいつか思い出せない。
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今の人には当たり前のことでも、ぼくらの時代は夢のまた夢だったのだ。
今当たり前は、ついこの間まで当たり前じゃなかったのだ。
間違いなく人類文明は進歩したのだ。
コツコツと昨日より今日、今日より明日のほうが便利な世界を積み重ねてきたのだ。
これは当たり前じゃなくて、スゴイことなのである。
そんな人類を褒めてあげよう。
今の人はこの素晴らしさをなかなか実感できないだろうが、ぼくのような古い人間からちょっと昔の事を聞いてみればすぐに分かることだ。
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そう、ちょっと昔のことを調べてみれば分かることなのである。
今の世界を夢見て、戦いで命を落とした人が無数にいたことを思い出してほしい。
ぼくの人生62年間、一度も戦争に行かずに済んだ。
少なくとも日本人は進歩したのだろう。
そう思いたい。