・・・・・・っということで、歴史というものは出来事の記録である。
出来事とは人間が起こしたものである。
まあ、自然現象もあるだろうが、歴史としての意味はその自然現象に人間がどう影響を受けたかのほうである。
いままでの歴史は、どういう社会的背景があって、歴史に残る出来事になったかの分析がメインであろう。
例えば、東からフン族の圧力を受けて、ゲルマン人は西に大移動したとか。
香辛料が珍重されたから、途中の詐取を避けるため海路を開拓するうちに大航海時代を迎えたとか。
欧米列強の植民地化を避けるために、日本は富国強兵政策を採ったとか。
その原因と結果を探ることで判った気になって、オシマイとなる。
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ぼくは最近これでは不十分じゃないかと考えるようになってきた。
歴史は人間が行動を起こした結果であるならば、その行動の根本である心理面を分析しなければ片手落ちのような気がする。
例えばヒトラーの台頭である。
歴史的には、ドイツは第一次世界大戦で敗れたため戦後賠償で経済が破綻し、その不満を背景にヒトラーが国民を扇動したことになっている。
だが、いまヒトラーという人物の風貌を見ると、明らかにオカシイ人間である。
ちょび髭で刈上げで、あの話し方である。
当時だって普通の感覚を持った人なら、オカシイ人間だと分かるはずである。
あの冷静沈着であるはずのドイツで起きたのだから、いよいよ不思議である。
民衆の経済的不満が原因だけでは説明不十分じゃないだろうか。
やはり、精神分析の手法を使って、あの時代の国民の心理を読み解く必要があるのではないか。
もっと分かりやすい例えとして、バブル時代がある。
あのときの日本人は明らかに変だった。
ぼくらあの時代を知っている人間なら、いかに変だったかを実体験として思い出せるはずである。
心理学の面から、あのときの日本人の精神分析をしてもらいたいものである。
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心理学と歴史学は一見結びつかないようであるが、何度も繰り返したように歴史は人間が作るものである。
人間が作る以上、その時代に生きた人間の心理分析なしに歴史は語れないのじゃないだろうか。
心理学者が書いた歴史書って、あるのかな?