・・・・・・っということで、この2~3日、ぼくの心は怒りで満たされている。
自分の思うとおりにならないと、自分の心に怒りが湧いてくる。
なんでなんだろう?
世の中なんて、自分の思い通りにならないことくらい、とっくに知っていたはずなのに。
思うようにならないのなら、人の一生は怒りで終始しなきゃならないじゃないか。
この歳になって、こんな青いことを言うなんて・・・。
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不条理な反応をする人間がいる。
よりによって、そんなイカレた人間がぼくの上司になる。
ぼくの人生、いつもこうだ。
マトモな上司に仕えたことがない。
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NHKドラマ軍師勘兵衛を観て、誰もが思う。
そうだよなぁ~軍師の使命は「上司を諌(いさ)める」ことだろう。
有頂天になっている秀吉に向かって、一人「それは間違いだ」と諌めるのが軍師の使命だ。
その行為は「命がけ」であったはずだ。
誰もが、そうだそうだと勘兵衛の勇気を讃える。
そして、上司たるものは部下の勇気あるアドバイスに対して、感謝すべきだと・・・。
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ところが、そんなNHKのドラマを観ている権力者(?)が自分が部下の進言を受け取る度量があるとは限らない。
殆どが、自分だけは違うと信じて疑わない。
そういう連中に限って、寛大な態度を取れず、感謝どころか価値ある進言に対して「逆恨み」するのである。
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なぜなんだろう?
そういう連中に対して、なぜ「怒り」が湧くのだろう?
ぼくの心に、なぜ「哀れみ」の感情ではなく、「怒り」の感情が湧くのだろう?
あらゆる語彙を使って相手を言い負かそうとする。
その殆どは、ああいえばこういう程度に過ぎない。
そう、「言い負かす」ことに血道を上げている自分がいる。
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いまのぼくは、「怒り」に支配されている。
怒りに支配されている自分を認めることほど情けないことはない。
怒りは人を盲目にする。
なのに、すぐ人は怒る。
怒って怒って、周囲に当り散らす。
そして、つまらない行動に走る。
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なぜ、いまのぼくに「哀れみ」の感情が湧かないのだろうか?
なぜ、ぼくの敵に対して、「愛」の感情が湧かないのだろうか?
いくら相手に対して、「怒り」をぶつけても、なんの解決にもならないことを知っているくせに・・・。