・・・・・・っということで、うちの娘は二人とも「リケジョ」です。
二人は決してオボちゃんのことを悪く言わないんですね。
研究室というか、大学の伝統が悪いというのが共通した意見です。
彼女に限らず、先輩たちは日常的に同じようなコピペを繰り返していたのではないかと。
そういう環境の中で育ったなら、だれでも悪いという意識が薄れてしまうのではないかと分析するのです。
登場の仕方があまりにもセンセーショナルだったので、彼女に批判が集中してしまったけれど、彼女を指導してきた人達こそ批判されるべきではないかという意見です。
今回の研究発表でも、彼女は共同研究者の一員に過ぎません。
女性であるということで矢面に立たされ、他の男性研究者たちが背後に隠れてしまっている。
もし、そうならば、同情の余地は十分あるということです。
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だけれども、厳正であるべき研究成果に、コピペはあってはならない。
写真の使い廻しもあってはならない。
研究者でなくとも、これは常識中の常識でしょう?
彼らの住む世界は、それほど非常識な世界なのか。
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それより何より、再現性のない研究成果を発表するという非常識さに飽きれる。
研究者たちは、タダで済むと思ったのか?
研究を主導したアメリカの教授がどうもペテン師臭いが、それにしても日本の研究の質を疑わせたことには変わりがない。
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リケジョなんて言葉が流行る日本自体、男女同権に対してまだまだ後進国なのだろう。