善意の裏側 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、あまりよく覚えていないけれど、

天野アキちゃんが

東京にいたら東北のみんなが暗い顔をしているとしかイメージできなかったけれど、

こんなにも明るく、笑顔でいることは、ここに来なければ分からなかった、

・・・ってな、セリフを吐いたと思います。

違ったかな?(^^ゞ

・・・・・・

あれからもう2年6ヶ月も経つけれど、

ぼくらはホントーに被災した東北の現状がどうなっているのか、

知っているのだろうか?

ホントーに。

・・・・・・

すぐ行動する人はエライ。

でも、継続する人は稀じゃないだろうか?

あの時、どんなものが必要なのか、すぐに反応した人たちはとてもエライ。

殆どの人が、オロオロするばかりだったときに、具体的に行動できた人たちは偉い。

だが、あれから2年半、今ホントーになにが必要なのかを考え続けている人はいるのだろうか。

善意の裏側には、ベッタリと自己満足が張り付いている。

自分が善意な人間であることを確認できれば、それでオワリだ。

善意を継続することの難しさよ。

・・・・・・

いま、東北の被災地を訪れて、東京では分からなかったことを発見したとして、それに全力を投入できる人が何人いるだろうか?

そういう行為は、ぜんぜん目立たない行為だと知った上で。

・・・・・・

結局、地元の人たちは、地元で解決しなきゃならないのだ。

そういう現実を、「あまちゃん」を観ていて感じたのです。