・・・・・・っということで、硬い話題ばかり続きスンマセン。
今日のお題は:
【憲法第九条のおかげで日本は戦争をせずに済んだ。】というのはホントーか?という話。
第九条の条文は下記のとおり。
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
・・・ってなワケで、60歳の今になって初めて読んだ。
マア、人間の書く文章であるから、完璧な文章なんて存在しない。
例えば、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」は変な言い回し。
誰にとっての正義か?
誰にとっての秩序か?
(だから、基調なんて曖昧な言い方になるのか?)
それを守るためには、守るための手段は当然セットとなるはず。
なのに、日本はその手段を放棄する。
というなら、日本の武装こそが国際平和を乱すということになってしまうではないか。
「永久」なんていう言葉はありえないし、使っているなら憲法改正条項と齟齬が生じる。
「交戦権」なんていう定義は国際法上でも存在しない。
なぜなら軍隊は交戦するのがアタリマエで、権利について定義する必要さえないから。
・・・・・・
マトモに読むと、軍隊は持てないことになる。
だから自衛隊は軍隊ではないなんて、苦しい釈明をしなきゃならない。
日本がこんなことが書いてある憲法を持っているなんて、外国の人たちは知っているのだろうか?
こんな憲法の存在を聞いたら、日本は気の毒に思われるだろう。
いくらアメリカが戦争に勝ったからといって、こんな憲法を敗戦国に押し付けるのは非常識だろう・・・という意見を持つのがフツーの感覚だ。
・・・・・・
おっと、第9条の中身について言及しすぎてしまった。
テーマはこの条項のおかげで日本は戦争をせずに済んだかということだった。
ぼくは、あろうがなかろうが日本は戦争をしなかったし、これからも戦争をしないと思う。
・・・・・・
先ず物理的に考えて、アメリカが日本に武器を持たせる過程で、まともに戦えない武器しか与えなかったはずだ。
少なくとも、アメリカの助けなしには、ソ連とも中国とも戦える戦力は持たさなかったし、いまもそうであるはずだ。
実際、日本の武器は全てMade in Americaで、同じ武器でもアメリカのそれより性能が劣るもの、あるいはブラックボックス付が与えられているという巧妙さだ。
以上は、物理的に日本が戦争をしようにも出来ない状態だったということ。
・・・・・・
次に、日本人は先の戦争で心底懲りたということ。
日本人はバカじゃない。
学習能力の高い理性的な国民だ。
数々の戦争を体験して、戦争の本質を学んだ世界で稀有な国民だということ。
戦争をしたくてウズウズしているんだれれど、目障りな第9条のおかげで戦争が出来ない・・・なんて国民じゃないのだ。
9条のおかげ、9条のおかげと繰り返すことが自らの好戦性を強調していることにならないか。
気持ちは分かるが、憲法がなくたって道徳的に振舞える国民ではないか。
大震災の時を思い出してほしい。
・・・・・・
繰り返しになるが、日本はもう戦争で懲りたのである。
中国や朝鮮半島の連中が、日本帝国主義の復活なんてぇイチャモンが如何に的外れであるか、日本人である我々が一番知っていることではないか。
もちろん、好戦的な勇ましい発言をする政治家や個人、団体がいるのも事実であるし、これからもそういった人間は出てくるであろう。
問題なのは、戦争が出来ないなんて日本は腰抜けだと感じたり、これらの挑発に乗ることである。
・・・・・・
ぼくの意見は、第9条は明らかに非常識であるので、変更あるいは削除すべき条項であること。
この条項のおかげというのは、もう止めたほうがいいこと。
もちろんこの条項を変更する意味は大きい。
「国際平和を誠実に希求」するためには、日本はどうあるべきか真剣に考えなければならなくなるからである。
日本人が国際人として脱皮するために乗り越えなければならない壁は、想像以上に高い。
あえて語弊を招く言い方をしてしまうが、9条のおかげという逃げ場所からそろそろ抜け出してもいい時期ではないだろうか。