クロアチア人 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、クロアチア人について。

なんか怖い先入観を持っていた。

セルビア人やイスラム教徒(だと思う)との血みどろの戦いを、ついこの間まで続けていた国民だ。

実際怖そうな雰囲気を漂わせている。

彼らが数人街角で固まって、なにやら話し合っているのを見ると、これから一丁襲撃に向かおうかと相談しているように見えて仕方がない。

たいていの若い男性は短く髪を刈り上げている。

背も高く、体格もがっちりしている。

そのまま戦闘服を着させて銃を持たせればすぐにでも戦えるような風体をしている。

日本の若者を思い出したら、とても太刀打ちできるような相手ではない。

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東欧はイケメンと美女の産地だと聞いたが、ぼくにはとてもそんなふうには見えなかった。

美人の発生率も特に高いとは思えなかった。

たまに美人はいるんですよ、そりゃぁ。(^^♪

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クロアチアはスロベニアより若干遅れて独立した新しい国だ。

でも、スロベニア人のように若々しいエネルギーは感じられなかった。

どちらかというと、若い人は皆老成しているように見える。

どうしてだろう?

スロベニアは過去において一度も独立したことが無かったが、クロアチアは一度独立した経験がある。
(10世紀初頭に建国され、一時はあのビザンツ帝国とも張り合っていたらしい。その後のオーストリーとハンガリー連合による支配。セルビア人主導のユーゴスラヴィア時代。)

この辺が違いの原因じゃないだろうか。

一方はこれから新しい国を作り上げると考える。

もう一方は、ようやく過去の栄光を取り戻したと考える。

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中学生の頃、社会科の教師が「バルカン半島は世界の火薬庫」というフレーズを何度も繰り返した。

ぼくの大嫌いな教師だったが、得意そうに繰り返すので嫌でも覚えてしまった。

「なんで火薬庫なの?」

ぼくはずっとこのことが疑問として頭に残っていた。

大人になって、遅まきながら世界史にも興味を持つようになった。

サラエボでオーストリアの皇太子がセルビアの青年に暗殺され、それが第一次世界大戦の引き金になったこと。

その前の露土戦争。

この戦争では、イギリスがロシアの拡張を警戒してトルコ側を支援したこと。

クリミア戦争。

そして、最近のコソボ紛争。

確かに、ずっと火種がくすぶる地域であることは歴史が物語っている。

だけれども、何でここが世界の火薬庫になるのか?

その疑問は解けないままだ。

中学時代の教師だって、ちゃんとした説明をぼくにはできないだろうと睨んでいる。

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ちょっと歴史をかじってみると、この地域に移り住んできたのは南スラブ系の民族だという。

今ここには、スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、ボスニア人、ブルガリア人などが住んでいる。(この辺は適当に書きました。)

だが、彼ら全員大もとは同じスラブ人なのである。

なんで彼らはいがみ合って、常に火種であり続けるのか?

ぼくには理解できない。

ヒントは一つ、宗教である。

セルビア人が(あの裁判中のカラヂッチ氏が思い出される)クロアチア人を抹殺しようとしたことを思い出すが、簡単に言えば東方正教会とローマカトリックとの争いなのだ。

こう書くとセルビア人が悪者になってしまうが、第一次世界大戦後に発足したユーゴスラヴィア王国時代、クロアチアのテロ組織ウスタシャが数え切れないほどのセルヴィア人やユダヤ人を殺害したことは記憶にとどめるべきだろう。

もう一つが、上であげた過去の恨み(復讐心)であろう。

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こうやって書いてきてもよく分からない。

なんせ、ゴチャゴチャと歴史が入り組んでいるのだ。

それにしてもセルヴィアのベオグラードには行くべきだったと後悔している。

だが、よぉ~く考えてみよう。

今までの歴史を振り返れば、南スラブ系の人々が、そもそも紛争好きだったと片付けられても仕方がないではないか。

ぼくはそうは思わない。

もともと紛争好きな民族なんて、そんなもの信じられないからだ。

そう仕向けられたと考えるほうが正しいのではないか。

そこで、バルカン半島を囲む国々に目を移してみよう。

東にトルコ。

北にロシア。

さらに、スラブとは異なるマジャル民族のハンガリー。

今は大したことないけれど、一時期はオーストリー・ハンガリー帝国があったことを思い出さなければならない。

そして、ハプスブルグ家のオーストリー。

ドイツ帝国およびナチズムの時代。

ナポレオンのフランス。

遥か彼方ではあるが、大英帝国の対ロシア政策。

時代はもっと遡ってヴェネチアが勢力を持っていた時代。

時代時代に盛衰を繰り返してきたクセのある大国ばかりに囲まれている。

彼らの思惑が常にこの地域に影響を与えていたのだ。

その中で、ローマカトリック、東方正教会、イスラム教、ユダヤ教の混在となる。

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ユーゴスラヴィアという国家はひとつの理想国家であったと思う。

この地域でケチな出目を争ってばかりいると、大国の付け入る隙を与えるだけだ。

一つの国家としてまとまれば、絶対有利に働くはずだ。

だが、そのまとまりも、ナチスドイツに対する共通の敵意識、あるいはチトーというカリスマが不在になってしまったとき、あっけなく解体してしまったのである。

いま、このバルカン半島は、思いつく限り細分化された国家によって形成されている。

結局いろいろあったが、歴史はこういう細分化された自治国家を求めていたのだろうか?

ぼくは、それも一つの落ち着き先だろうが、もう一度汎スラブ国家というものを目指してみるのも悪くは無いと思っている。

そのためには、過去の恨み、復讐心を放棄することだ。

それができるか否かが彼らの将来にかかわっていると思う。

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以上、スロベニアとクロアチアというたった二つの国をかじっただけで、バルカン半島全体にについて語ってしまいました。(^_^;)