【小さいおうち】 | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、第143回(平成22年度上半期) 直木賞受賞。

中島 京子
文藝春秋
発売日:2010-05

最近の直木賞の中ではいちばんマトモな作品。
作家のアイデアの勝利である。
無学だけれども、頭のいい家政婦が平易な文章で淡々と、戦前から終戦までの日本の一家庭の生活を語る。
聞きかじりだと分かっていても、リアリティーがあり、作家のストーリーテラーとしての資質を高く評価せざるを得ない。
難しいことを語るのに、難しい言葉は必要ないことの典型。

さて、アイデアとは、その後物語の主要人物がどうなったかを、語り手の女中にさせずに「ブリキのジープ」という手がかりを残し、甥っ子に謎を解かせるという形を取ったこと。
実にいいアイデアである。
最後の最後で、読者も放り出された形となり、甥っ子とともに消息を一つ一つ解明していくのである。
これを女中本人に語らせたら、平凡な作品になり、直木賞はなかったであろう。
作品中の女中もそれを見通していたことになるのだから、相当頭のいい女中ということになる。

さて、ぼくがどうしても分からなかったのが、未開封の手紙である。

女中が独断で渡さなかった理由が分からないのである。

渡さなくても結局青年は家まで挨拶に来たんでしょ?

奥さんと青年の間では言葉はおろか関係までしているのだから、手紙による告白ではない。

何かの具合で、手紙が他人の目に触れないようにしただけだろうか?

ならば、なんで女中があれほどまでに渡さなかったことで、良心の呵責を覚えるのか?

同性である奥さんへの愛情が強くほのめかされているが、手紙は関係ないだろう。

一つの答えとして、もし奥さんが青年と駆け落ちする事態になったら、手紙という動かぬ証拠で阻止する魂胆だったのだろうか?

そうなら納得できるが、ぼくが鈍感なのだろうか。