・・・・・・・っということで、イスラム教は「アッラァ~アクバル」と唱える。
サダムが死んだときも、カダフィが死んだときも、民衆は熱狂して「アッラァ~アクバル」と叫んでいた。
「神は偉大なり」という意味らしい。
そこで、他の宗教の神はこういう讃え方をするだろうか?と考えてみる。
キリスト教なんか、神はみんなを愛しているなんていう。
同じ神を讃えているのに、イスラム教は神をそんなにヤワだと見ない。
ユダヤ教の神も怖い存在ではあるが、「偉大」だとはいわない。
仏教は、「慈悲深い」とはいうが、偉大だなんていう視線では絶対に見ない。
やはり、イスラム教の神が一番強くて怖いのだ。
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神をどう見るかの違い・・・
これは重要な着目点だと思う。
アッラーは他の神に比べて単刀直入なのだ。
新約聖書のようにキリストが取った行動を通じて神の御心を推し量る、
なんていうまどろっこしいことをしないのだ。
コーランは神の人間に対する命令なのだ。
旧約聖書にも、神の直接の言葉がないわけではない。
モーゼの十戒がそれだ。
他にもあるか知らないが、コーラン全てが神の言葉であるのに比べ、ずっと少ないのが分かる。
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コーランは解釈する手間が他の宗教に比べ、とても少なくてすむのだ。
仏教とは対極にある経典だといえる。
だから分かりやすい。
神がこう言った。
神がそう望んだのだ。
と言えば、オシマイなのである。
そういう宗教であることを、世界は理解しなくちゃならない。
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「アッラァ~アクバル」