金子みすゞ(その2) | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、【作家には自殺者が多い】という仮定。

金子みすゞ

芥川龍之介

太宰治

三島由紀夫

川端康成

アーネスト・ヘミングウェイ

・・・・・・

本を殆ど読まない人でも、ざっとコレくらいはすぐに思い浮かぶはずだ。

果たして、コレだけで【作家には自殺が多い】という仮定が正しいのか、甚だ怪しい。

・・・・・・

そして、第二の仮定:

【文章を書くから自殺するのか?】

ウゥ~~~ン、これは我ながら大胆な仮定だ。

だって、自分でも驚くくらいブログを書いているからだ。

まっ、ぼくは自殺しないだろう。

今後の状況によっては、断定できないが。

・・・・・・

次に第三の仮定:

【文章を読んでいると、その気(け)がある文章は分かるのか?】

コレは難しい。

みすずの詩を読んでいて、分かるか?

芥川は?太宰は?三島は?川端は?ヘミングウェイは?

自殺を遂げる前に分かったら大した眼力だ。

大体において、自殺した後になって、「ああなんとなく」だろう?

そりゃ難しいさ。

自殺しようとする人なら、なおさらそれを悟られまいとするはずだ。

逆に明るくノー天気な文章を書いてカモフラージュするかもしれない。

だが、現実の本人と文章の明るさが際立っているとすれば、それは「怪しい」。

・・・っとなると、現実の本人と文章のギャップに気付かなければ、

自殺を事前に予知することは不可能なはずだ。

だから、一読者が作家の自殺など、予測できるはずがない。

これが第三の仮定に対する答えだ。

・・・・・・

みすゞの場合、最後の詩とされる下の文を読んで「死」を嗅ぎ取るのは不可能だ。

後だから分かるのだ。

「きりぎりすの山登り」

   きりぎつちょん、山登り
   朝からとうから、山登り。
   ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

   山は朝日だ、野は朝露だ、
   とても跳ねるぞ、元気だぞ。
   ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

   あの山、てっぺん、秋の空、
   つめたく触るぞ、この髭に。
   ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

   一跳ね、跳ねれば、昨夜見た、
   お星のもとへも、行かれるぞ。
   ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

   お日さま、遠いぞ、さァむいぞ、
   あの山、あの山。まだとほい。
   ヤ、ピントコ、ドッコイ、ピントコ、ナ。

   見たよなこの花、白桔梗、
   昨夜のお宿だ、おうや、おや。
   ヤ、ドッコイ、つかれた、つかれた、ナ。

   山は月夜だ、野は夜露、
   露でものんで、寝ようかな。
   アーア、アーア、あくびだ、ねむたい、ナ。

・・・・・・

ところが、現実の本人を知っている者はどうだろう?

なぜ、気が付かなかったのか。

この問いに一生、苛(さいな)まれることになる。

そう、一生だ。