・・・・・・・っということで、直木賞を取った金城一紀の【GO】という小説を読んだ。
もう10年前の作品なので、彼がその後売れっ子作家になったかどうかは知らない。
書いたとしても、たぶんこれ以上の作品は書けていないんじゃないかと勝手に想像している。
決して最高傑作だとほめているわけではないし、貶(けな)しているわけでもない。
確かに良く書けているが、続けて読む気が起こらない。
彼が持っているカードを全てこの作品に使い果たしてしまい、
手元には使えるカードが残っていないんじゃないかと思われるからだ。
その彼のカードとは、「在日朝鮮人」というカードである。
ぼくはこの本を読むまで、「在日」という言葉に敏感じゃなかった。
日本で生まれ、日本に育ち、日本語しか知らないのに、日本人とは認められない存在。
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「在日」という言葉には、たまたま日本に住んでいるだけで、
いずれかは外に出て行くというニュアンスを含んでいる。
小説の中でも、主人公にそう喋らせている。
日本人ではない劣等民族と、そういう差別の目に囲まれ、
彼らがその中で生きていくうちに、どれほどの屈折した気持ちを蓄えていくものか、
リアルには感じられないけれど、容易に想像できる。
そういう鬱積した気持ちを、ストレートに語ったのでは伝わらない。
小説という形を取って、初めて日本の読者の心に繋がり、共感を得ることが出来る。
そういうことが出来る小説はとても優れた手段だと思う。
そして、この作品はそれに成功している。
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良く書けている。
文体も、構成も新鮮でイキがいい。
流石、直木賞を取るだけはある。
だが、引っかかる。
モロに映画を意識した書き方なのである。
アメリカの殆どの作家に見られるように、
印税で儲けて、ハリウッドでも儲けようという魂胆が透けて見えるのである。
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そこでインターネットで調べました。
ヤッパリ映画化されていました。
そして、日本アカデミー賞(?)で作品賞まで受賞しているくらい評判になった映画だったと、
今頃知ったというわけです。
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作品の中で、国境、民族、国家が一体どんな意味を持つのか問いかけている。
元を正せば同じ人間じゃないか。
そういうシンプルな問いかけ。
シンプルであるからこそ、答えはシンプルにはならない問題。
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もうひとつ引っかかることがあった。
主人公が「格好良すぎる」のである。
普通こんなに(自分の投影である)主人公を、格好良く書かないぜ、
日本人なら・・・・・・。