・・・・・・・っということで、同じメールでも、メールは手紙には絶対に敵わない。
メールは文字の羅列に過ぎない。
前のブログにコメントくれた人達のいうとおり、手紙は究極のアナログだけれど、
その中に込められる「想い」はデジタルでは伝えられない。
便箋を選ぶときから、宛名を書いて、切手を貼って、ポストに投函するまで、全て「手作り」だ。
しかも、手紙が相手に届き、返事が来て、相手の文面を読むまで、スゴク時間がかかる。
メールなら一瞬だが、そこには何にも代えられない大事なものが潜んでいるんじゃないだろうか。
その手間のかかるプロセスを経るあいだには、必ず心の動きが伴う。
相手のことを想い、自分の下手な文字に恥じ、相手が自分の手紙を読む場面を想像し、
今日は届いたかなとポストを覗く期待と興奮、そして相手の返事を何回も読み直し、
相手の気持ちを推し量る。
そういう心の動きはとても大切だし、そのためには時間が必要なんですよ。
そういった経験を積まないと、人間の心は豊かには育たないと言っていいくらい。
最近、自筆で手紙を書いたのは何時だろう?
もう10年以上になるんじゃないかな?
下手すリャ、スリランカでいまのカミサン宛に書いたのが最後じゃないだろうか。
そうすると、26年も書いていないことになる。
ぼくでさえそうなんだから、いまの若い人たちは手紙を書いたのは、学校の授業だけということもありえる。
手紙を書くという行為から生じる心の動きを体験していない人間が沢山いるんじゃないだろうか?
これは、恐いことじゃないですか?
・・・つづく。